投函者(三井千絵)

EUサステナブルファイナンス

EUでは、ここ数年“サステナブルファイナンス”という取り組みが行われている。ここでいうサステナブルファイナンスとは、一般的なものではなく、EUの産業政策のひとつである。2016年末から2018年1月にかけて、金融市場を管轄するDG FISMA(Directorate-General for Financial Stability, Financial Services and Capital Markets Union.欧州における金融庁のような組織 )の元に設置された有識者会議HLEG(High Level Expert Group)が「欧州のサステナブルファイナンスをどのように強化していくか」についての調査レポートを作成した。これにはまず欧州が2030年までにCo2排出量を全セクターで40%削減するといった目標を達成するために、低炭素の発電施設の建設や省エネルギー建物等に毎年1800億ユーロの投資が必要である、と試算されている。そしてこれらにどうやって民間の資金を呼び込むかがこのレポートの提言となる。つまりEUは、EUが環境に対し貢献すると分類した特定の産業、プロダクトに対する投資を“サステナブルファイナンス”とよび、それをどうすれば強化できるか(金融機関が活発に投資できるか)について取り組んでいるといえる。そして3月には10項目のアクションプランを発表し、その一番目として「欧州タクソノミ」の構築が始まった。

 

タクソノミとは?

もともとは生物学の分類の意味を指す”タクソノミ”という言葉は、昨今投資家の間で自社が作成している“情報分類”のような意味で用いられている。ESG投資で投資先企業を分類し、スクリーニングをするために、まず比較可能なデータ(情報)のセットを作成しなければならないが、その要素(データや最小単位の情報)は、投資の判断に必要な要件が選ばれる。したがってこの要素全体は投資決定プロセスがそのまま反映されることが多い。その要素群をカテゴリごとに分類して並べたものを「タクソノミ」と呼んでいる。欧州では、ESG投資に力をいれている投資家が、自社独自のタクソノミを開発、データ(情報)のメンテナンスを行っているケースがいくつかある。今回はそのEU版を政府主導で作ろうという提言だ。そしてタクソノミができたら、次のアクションプランとして、これをもとにベンチマークやグリーンボンドの分類、開示の整備を行おうとしている。

このEUのアクションプラン、特にタクソノミ構築は当初、当惑をもって受け止められた。「すでに世の中には環境についてはスタンダードやフレームワーク、インデックスが乱立している。そういう状況にも関わらずEUは、官主導で更に新たに何かを追加しようとしているのか」といった声だ。

しかし多すぎるフレームワークやスタンダードが、いずれもデファクトスタンダードになっていない、あるいは次から次へと生まれるフレームワークへの対応に関係者が疲れてきたこともあり、「少なくともタクソノミについては、政府が“何がサステナブルファイナンスなのか”言葉の整理をしてくれることはありがたい」と、徐々にポジティブな意見が広まった。またFISMAは参加者を広く募り、環境やファイナンスの専門家だけでなく、投資家やリサーチ会社、企業など様々な出身母体から集まったグループを設立して、このタクソノミ開発に従事させたことも市場で理解を広げることに役立った。2018年12月、このタクソノミの最初の検討結果が発表され、2月末まで意見募集が行われていた。(EUタクソノミ)

2年ほど前、オランダの年金基金がSDGsの分類を基にした自社の企業評価のタクソノミを公開したことがあった。EUタクソノミはそれと比べると、まず既存の産業コードを元に親項目を定義している点が異なっている。そしてそれらの子項目として、例えばローカーボンの建物建設や、自動車といったどちらかというとプロダクトをイメージする分類が並ぶ。それぞれに分類の説明、それが気候変動の低減に貢献する点、その測定基準や閾値などが並ぶ。そして「重大な危害を加えない基準」というものがあり、その産業が水資源や汚染物などで危害を及ぼさないための要件があげられている。今回の意見募集にあわせて発表されたのはタクソノミの全てではなく農業、製造業、電力、インフラ、建設の部分だけで、寄せられた意見を反映して継続開発を行うようだ。こうしてタクソノミが完成すれば、今後、EUの情報開示の分類、スクリーニングの分類、EUが求めるグリーンボンドのスタンダードの構築、EUのベンチマークの策定等に用いられていく予定だ。

 

日本でのディスカッション

このタクソノミで実際の企業はどのように分類されるものなのだろうか。実際に投資に活用できるものなのだろうか。日本の運用会社やメディア、企業など関係者で集まり、2月のはじめにこのタクソノミを元にディスカッションを行った。いくつか興味深い意見を交換することができた。例えばタクソノミの子項目のなかで、自動車に対しゼロ・エミッションを求めるものがある。何がなんでもゼロエミッションを達成したいFISMAの意思が感じられるが、これにいったいどの企業を当てはめることができるのだろうか、といった視点で議論を開始した。たとえばひとつの企業で、一部では電気自動車の開発をしていても、通常は経営を続けるため、またそういった研究費を捻出するために、ガソリンカーやエネルギー効率の悪いプロダクトも同時に製造・販売しなければならないだろう。完全にゼロエミッションでなければ、ゼロエミッションのプロダクトの開発を支えていたとしても、有利なファイナンスを受けられない・・・ということになるのだろうか。

またゼロエミッションのプロダクトは突然生まれない。ハイブリッドカー、プラグインハイブリッドカーが一つ一つ課題を解決してこなければ、実際に実用に耐えられるEVカーに向けた布石は打てなかったのではないだろうか。環境によくても非常に高いコストがかるものも現実的には受け入れられない。多くのプロダクトは規制と現実の間で、同系統の前プロダクトの経験を生かしながら、ビジネスとして成立させながら開発・生産・供給がなされている。今後現実の企業のそういった現実のイノベーション活動を、このタクソノミで分類することができるのだろうか、といった意見がでた。(ディスカッションのサマリー)

 

日本企業にも、運用会社にも影響が?

このタクソノミは同時に、金融のためというより、産業の政策をあらわしていると見ることができる。”このタクソノミに合致しない事業には、投資も融資もしなくていい”・・・そんなメッセージがこめられているようにも受け取れる。それだけEUはシビアにゼロ・エミッション自動車を早く開発していかないと、欧州の自動車業界は立ち遅れるという危機感を持っているのではないだろうか。タクソノミは同様にエネルギー産業やトランスポーテーション、コンストラクションにもいくつも要件を挙げている。それだけ官民一体となって取り組もうとしているということではないだろうか。

欧州がこのような取り組みをする時、日本企業は何か対応をしなくて良いのだろうか。このタクソノミは欧州の投資家がどうみるか、というより欧州の企業がどのような取り組みを今後強化する可能性があるか、とみるほうが良いかもしれない。

タクソノミは2月22日まで意見募集されており、質問のひとつに「この分類はEU以外でも活用できるか」というものも見られた。上記のディスカッションの結果をもってコメントを送付したが、EU以外からのコメントに期待している姿勢が感じられた。もちろん古くからEUでは、EUで導入したものを必ず最後はグローバルスタンダードにするという意欲があるが、同時に現在多くの日本企業はEUのアセットオーナーに保有され、投資を受けている。一部の地域がはじめたことを無視できるほど市場は広くはなくなってきた。

前述のように、このタクソノミの議論はまだ第一フェーズで今後も続く。EUが我々の意見も歓迎しているのであれば、今後も日本からもEUの議論に積極的に参加していくべきだろうか。