投函者(三井千絵)
ADB(Asian Development Bank(アジア開発銀行))は、インドネシア金融庁であるOJKと2月1日から3日、インドネシアの古都、ジョグジャカルタで第45回ABMI ASEAN+3 Bond Market Forumを開催した。ABMIとはAsian Bond Markets Initiativeの略で、2003年の第6回ASEAN+3財務大臣会議で合意された「アジアにおいて効率的で流動性の高い債券市場を育成し、アジアにおける貯蓄をアジアに対する投資へと活用できるようにする」ことを目的としたものだ。このイニシアチブのもと、2010年からASEAN+3域内のクロスボーダー債券取引を促進することを目的として、ASEAN+3 Bond Market Forumを開催するようになった。その後年3回開催しているためこのフォーラムは既に45回もの開催を数えており、数年前からサステナブル・ファイナンスに(ボンドに限らずさまざまなファイナンス手段や関連開示も合わせて)力をいれている。
今年はしかしカンファレンスの前週にMSCIがインドネシア市場の浮動株などの低さから、組み入れ比率の引き下げを警告、株価が急落しOJKのトップが辞任するという事件があった。その直後の開催となり運営の多くをOJKが担っていることから、予定通り開催できるのか筆者も一参加者として心配したが、多くの地元参加者が集う会合となったことは、このテーマに対する期待の高さといえよう。
インドネシア国家の成長戦略とサステナブルファイナンス
初日の午前中はインドネシア側の各機関が自国の進捗について説明した。インドネシア政府は2025年から2045年まで”Indonesia Vision 2045”という経済発展のための長期の成長シナリオを打ち立てている。そこにはインドネシアが1945年の独立100周年を迎える2045年までに達成を目指す国家長期ビジョンが描かれている。例えばGDPは世界5位以内、国民一人当たりGDP2万5000ドル、高所得を実現し格差を是正し、サステナブルで気候変動に強い社会になる、という国版の中計だ。そしてこの実現のためのRPJPN 2025-2045(国家長期開発計画2025-2045)と、中期の優先事項を設定している。RPJPN 2025-2045はSDGsのゴールをもとに設計されており、目標達成のために自国が優先的に取り組むべきことが事業ごとに詳細にリスト化され、Indonesia Taxonomy for Sustainable Finance (TJBI)につながっている。そしてOJKはこのタクソノミに基づいてファイナンスが行われることを促進することで、インドネシアが目指すゴールに、金融機関が貢献できるよう取り組んでいる。
カンファレンス後、OJKの登壇者にさらに詳細を聞いたところ、赤道近くに国が位置するインドネシアでは気候変動の影響も大きく、実は2015年のパリ協定の直後から政府が主体となって取り組みをしていた。OJKは2017年にはすでに、企業に対しサステナビリティレポートを、金融機関にはサステナビリティアクションプランの提出を義務付けている。
多排出産業へのファイナンスへの関心
初日の午後はサステナブルファイナンスのアップデートのセッションがあり、筆者もモデレータ兼パネリストで参加した。
今インドネシアの関心はやはりHard to Abate、つまり多排出産業に対し、どのようにファイナンスができるかであるようだ。多排出産業へのファイナンスとして「トランジション・ファイナンス」が議論されてきたが、これは当初”石炭火力温存のための言い訳”のような見方をされていた。今でもトランジションの定義はグローバルに明確とはいえないが、多くには製鉄、セメント、アルミといったいまだ100%脱炭素できない産業に、完全ゼロでなくても排出量軽減につながるファイナンスすること・・・といったコンセンサスがある。しかし、ISSBでも開示が求められるファイナンスド・エミッションを気にする金融機関が「自分のポートフォリオにさえ含まれなければよい」と、他排出産業への投融資を押し付け合わえば脱炭素は進まない。そこで経産省などは2,3年前から金融機関がトランジション・ファイナンスに積極的に関わる重要性の認識を広める活動を行ってきた。(参考:「官民でトランジション・ファイナンスを推進するための ファイナンスド・エミッションに関するサブワーキング」)それが実ったのか、2025年にはICMAからClimate Transition Bond Guidelinesが発行されたり、EUの規制の度重なる改定も影響してかグローバルに見方が変わってきている。
インドネシアは産油国で鉱業の割合も大きく、人口は東南アジア最大で、電力需要も大きい。いきなりすべて再エネに切り替えられない。ASEAN諸国もADBもトランジション・ファイナンスに力をいれており、各国のタクソノミには「アンバー」という完全にグリーンではないカテゴリが含まれている。しかしこれを適用してファイナンスを実現することは、なかなか難しい。そのファイナンスの価値がわかりづらい。パネルではADBからの登壇者が、様々なガイドラインが出てきたが、サステナビリティリンク・ローンやトランジション・ボンドは結局、ひとつひとつハンドメードで実現させていくしかない、と語った。筆者からは「タクソノミがそれらの事業の経済的ベネフィットを説明しやすくしていくと良いのではないか」と述べた。
カーボントレード
タクソノミは国の政策なので、それとファイナンスを行う事業を対応させることは将来の経済的ベネフィットを説明しやすくすることが期待される。とはいえ、多排出産業でみられるような取り組みは実現に時間がかかる。インドネシアでは2023年からインドネシア証券取引所(IDX)にて、カーボントレードが行われている。電力セクターの、石炭火力に割り当てた排出枠をもとにしたコンプライアンスカーボンと、森林、再エネなどをもとにした削減証明書(クレジット)をもとにしたボランタリーの2つが取引されている。これらのトレードは脱炭素への取り組みに値付けをすることで、経済的ベネフィットを示してくれる。しかし今インドネシアでは、このカーボンプライスが低いことが悩みで、今年制度を強化する。カンファレンスでも3日目はカーボントレードに関わる発表が続いた。
カンファレンス後にインドネシア大学Lembaga Management Schoolに立ち寄り、先生方と学生のみなさんと議論をする機会を得た。そこでもインドネシアのカーボン市場に関する意見や悩みを聞くことができた。日本でも同様の制度が今年スタートするが、まず排出枠を無料で割り当てるやり方が、価格が上がらない原因だという声もあった。排出枠があればクレジットの価値が高まらず、クレジットの価格が上がらなければ、排出削減のための投資計画も立てにくいという悪循環だ。それでもインドネシアが早くからこれに取り組んだ背景は、赤道直下に国土を抱えるため、森林クレジットなどをJCMで輸出できないかといった期待がある。
筆者は3日目のセッションで質問をした、、、ということで、カンファレンスの翌週にOJKから1トン分のカーボンクレジットの証書がプレゼントされた。持っていたら将来、値段が高くなるだろうか? インドネシアの経験から学び、共に取り組めることを探ることは、日本にとっても価値があるだろう。
インドネシア市場のこれから
滞在中インドネシアの投資家や、企業のサステナビリティレポートの作成担当者とも意見交換した。サステナビリティレポートについては、昨年ISSB S1、S2に準拠した国内基準が発表された。現在活用されている2017年に策定されたサステナビリティ開示は、GRIなどがベースだった。食品セクターでサステナビリティ開示を担うA氏は「CSRレポートのような意識が強い。これを切り替えていくことが大変」と感じている。
地元投資家はその時点では、冒頭のMSCIが引き金となった株価・通貨の下落について話題にしていた。特にOJKのトップの辞任にはみな驚いていた。グローバルの保険会社に勤めるB氏は「インドネシアは、何かあってもトップが辞任して責任を取るというのはあまりないのに・・・」と漏らしていた。あれから二週間、一時はアジア通貨危機の再来か、といわれたインドネシアルピアはだいぶ戻し、ショック前に近づいている。筆者にとってジャカルタは10年ぶりだったが、町を歩いていてもその大きな成長を感じることができる。成長しながら、同時に脱炭素や持続的な経済を求めて真剣な取り組みをしており、その市場のインテグリティも、通貨危機の頃よりはるかに高まっているように思う。
ところで会場となったジョグジャカルタはジャカルタから電車で行くことができる。車窓からは美しい緑の水田を眺めることができ、ちょうど日本では選挙中だったこともあり米農家の議論を思い出した。インドネシアは米消費国で長年輸入に依存していたが、増産に取り組み2025年に自給自足を達成した。しかし今、米産業は気候変動の影響をうけ、全世界的に生産量は減少する見込みで、対策は待ったなしとなっている。ASEAN最大の人口を抱える国として、インドネシアはリーダーシップをとっていくだろう。日本政府もアジアGXコンソーシアムなど立ち上げているが、本当にその中で様々な繋がりを築き、サステナビリティ、経済発展を相互に実現することができたらと思う。

