木村祐基

スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードが制定され、長期的企業価値の向上という目的は広く認知されてきた。上場企業の間では、ROEの重要性についても急速に認識が高まっているようだ。
ところで、ROEは株主の持ち分に対する利益(リターン)の比率を示す指標だが、東京証券取引所(以下、東証)で発表される決算短信では、株主の持ち分を示す分母は「自己資本」、その総資産に占める比率は「自己資本比率」、ROEは「自己資本当期純利益率」と表記されている。
この「自己資本」は「親会社株主に帰属する持ち分」(すなわち、B/S上の純資産から少数株主持分などを除いたもの)を示すものであるが、「自己資本」という用語から、これを会社のもの、会社すなわち経営者が自由に使える資本で株主に口出しされるものではないなどと誤解する経営者が少なくないようだ。
去る3月7日に開催された東証主催の「企業価値向上シンポジウム2016」でキーノートスピーチをされた一橋大学の伊藤邦雄教授(上場会社表彰選定委員会座長)も、『日本企業には、内部留保は「自己」資本であり、株主から文句を言われずに自由に使える「自己帰属持ち分」であるという意識が残っている』と指摘されていた。
筆者は、投資家の立場として、より適切な用語がないものかと、かねてから考えてきた。ちょうど、昨年11月から金融審議会ディスロージャーワーキング・グループで財務諸表の開示のあり方について議論が進められており、去る2月19日の第3回会合では東証から決算短信の見直し案も提出されたところであり、このタイミングで、この「自己資本」という用語を「株主持分」に変更することを強く提言したい。「たかが用語、されど用語」、日本企業が真に株主との「対話」をすすめ、企業価値向上を推進していくためには、必須の一里塚ではないかと考えているところである。

さて、古くは、B/Sの「資本の部」を指して、純資産や自己資本などの用語が慣習的に同じ意味で使われてきた。そうした中、東証では「株主資本」という用語を提唱し、決算短信でも使用し、これが定着してきた。ところが、2006年の企業会計基準の改正で「株主資本」という用語が、「純資産の部」(従来の「資本の部」に替わる)のうち、資本金、資本準備金、利益剰余金等のみを含み、評価・換算差額などを含まない狭い意味に限定すると定義されてしまった。このため、東証では、親会社株主に帰属する持ち分(純資産合計から少数株主持分と新株予約権を除いた部分)を示すものとして、やむを得ず「自己資本」を採用したという経緯があった。

このような事情があるとはいえ、やはり投資家の立場からは「自己資本」という用語は違和感を禁じ得ないものであり、あらためて、よりふさわしい用語はないものかと考えてみた。
結論として、英語のshareholders’ equity に相当する用語としては「株主持分」が最もふさわしい、と考えている。
「自己資本」は「株主持分」に、「自己資本比率」は「株主持分比率」、ROEは「株主持分利益率」と表記されると、これらが「株主に帰属する」ものであることが明確になると思う。
なお、日本でも、米国会計基準の会社は、日本基準の「自己資本」に相当する部分を「株主資本」と表記し、IFRSでは「親会社所有者帰属持分」と表記している。また、純資産のうち、親会社株主持分でない部分は、日本基準では「少数株主持分」、米国基準とIFRSでは「非支配持分」と表記されている。
従って、いずれにしても「持分」という用語が使われており、親会社株主の持ち分に相当する部分を「株主持分」とするのが、もっともふさわしいのではないかと考える。

東証においては、ぜひとも、今回の「対話促進に向けた決算短信の見直し」において、「自己資本」から「株主持分」への用語変更を検討していただきたいと要望する次第である。もちろん、よりふさわしい用語があれば、それを採用することに反対するものではない。ぜひ多くの方々の提案をお願いしたい。