(木村祐基)

金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ(以下「WG」という)の「報告」が4月18日に公表された。

http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20160418-1.html

このWGは、昨年10月23日に、金融担当大臣から金融審議会に対して「企業の情報開示のあり方等に関する検討」が諮問されたことを受けて設置されたものである。諮問の内容は「企業と投資家の建設的な対話を促進する観点も踏まえつつ、投資家が必要とする情報を効果的かつ効率的に提供するための情報開示のあり方等について幅広く検討を行うこと」とされていた。

そもそもこのような諮問がなされた背景は、第1回会合の事務局説明資料によると、政府の『日本再興戦略』改訂2015において、「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進」の施策として、「統合的開示に向けた検討等」が掲げられたことを受けたものである。そこでは以下の目標が掲げられていた。

「企業の情報開示については、投資家が必要とする情報を効果的かつ効率的に提供するため、金融審議会において、企業や投資家、関係省庁等を集めた検討の場を設け、会社法、金融商品取引法、証券取引所上場規則に基づく開示を検証し、重複排除や相互参照の活用実質的な監査の一元化四半期開示の一本化株主総会関連の日程の適切な設定各企業がガバナンス、中長期計画等の開示を充実させるための方策等を含め、統合的な開示の在り方について今年度中に総合的に検討を行い、結論を得る。」(下線は筆者による)

このように非常に大きなテーマを議論するWGだったが、昨年11月10日に第1回会合を開催してから、約6か月、5回の議論で報告を取りまとめるというスピードに驚かされる。 そのためか、あまり議論が尽くされていないところや、進展が見られなかったところもかなり見られるというのが率直な感想である。 また、全体の方向性として、制度開示については企業の自由度を増やし、企業と投資家の対話をすすめることにより、企業はおのずと投資家が必要とする情報を開示するようになり、効果的・効率的で適時な開示が確保される、というトーンを感じた。  もちろん、投資家との対話に積極的で情報開示も優良な上場企業は多い。しかし、他方で、自社に都合の悪い情報は出したくないという思いが働くこともあるだろう。投資判断に必要な情報は、制度的に確保するということも、しっかりと進めてもらいたい。

さて、この報告の「具体的な見直しの方向性」として提言されていることについて、筆者なりに気が付いたところを、以下にコメントをしてみたい。

(1)決算短信・四半期決算短信の合理化

決算短信については、①監査の終了前であることを、あらためて明確化する(決算を速やかに開示するとともに、監査の時間を確保するため)、②速報性が求められる情報に限定し、経営方針等は有価証券報告書に記載することとする、 ③“投資者の投資判断を誤らせる恐れが無い場合には”決算短信の開示時点で連結財務諸表(B/S,P/L)の開示を行わなくてもよいこととし、開示可能になった段階で開示することを認める、ことが提言されている。

決算短信の役割を「速報性」に限定するという方向性は理解できる。このような短信の簡素化によって決算の公表が早まるのであれば、歓迎したい。しかし、上記提言の①については、いまでも短信には「監査は終了していません」と注記されている。実務で何が変わるのか、その効果が定かでないところもある。

また、短信の簡素化により経営方針等の記載を有価証券報告書に移すということであれば、有価証券報告書の発行を欧米並みに早くするような提言も期待したいところであった。米国大企業の10K報告書は決算日から60日以内の発行が義務付けられている。英国HSBCは決算から50日で500ページにのぼる詳細な年次報告書を公表している。日本の有価証券報告書の開示は、グローバルなスタンダードから著しくかい離しているのかもしれない。この点は、下記の事業報告書と有価証券報告書の一元化と関連することなので、下記でまた触れたい。

なお、四半期短信については、四半期報告書と開示の日程が近接していることから、四半期報告書と一本化すべきとの議論もあったが(日本再興戦略改訂2015の方針にも記載されている)、今回は上記の通り速報性にフォーカスすることで、一本化という方向は示されなかった。これは妥当な判断だったと考える。一例として、米国GE社の2015年3Q(7月-9月)の決算リリースは10月16日、SECに登録する10Q報告書の提出が11月2日であった。これに対し、日本の日立製作所の3Q(10月-12月)の短信発表が2月3日、四半期報告書の提出が2月12日であった。このような事例を見ると、日本の決算資料の公表は、短信ベースでも、法定報告書ベースでも、本決算、四半期決算ともに海外諸国に比べてかなり遅く、改善の余地があるように思われる。

さらに投資家として気掛りなのは③の提言である。短信の開示時点(1ページ目の要約表、つまり売上高、当期利益、総資産、自己資本等を開示した時点)において、財務諸表(B/S、P/L)が開示できないとは、どういう状況が想定されるのだろうか。また“投資者の投資判断を誤らせる恐れが無い場合”を判断するのは決算を開示する会社であって、投資家ではない。もし、後から投資家が「B/S、P/Lが無かったために判断を誤った」といったら、どうなるのだろうか。このような方針が示された背景は、企業が、決算短信を公表した後、監査を経て後日財務諸表の内訳の勘定科目の数値等に変更が生じて訂正を出すことを嫌う、そのため監査の終了を待って決算を発表するので決算発表が遅くなる、ということがあるようだ。

しかし、売上高や利益の金額の評価は、B/SやP/Lの数値の変化と一体で評価されるものではなかろうか。売上高や利益の金額だけが公表されるというのは、真の企業価値評価に基づかない投機的な動きを増やすだけではないだろうか。

これについては、企業側委員からは、「仮にルールとしてそのようになっても、多くのアナリストがカバーしている上位700社くらいについては、自主的に財務諸表を出し続けるだろう。その他の会社は、財務諸表の開示が10日ほど遅れても差し支えないのでは」との意見もあった。はたしてどうであろうか。小型株の投資家などはどのように考えるだろうか。今後の投資家の対応がカギになりそうだ。

(2)事業報告・計算書類および有価証券報告書 の記載の共通化

「報告」では、「事業報告と有価証券報告書の記載内容を共通化することで、実質的な一体化を目指す」というのが提言の内容。このため、例えば、大株主の状況の計算における自己株式の取扱いを共通化することや、新株予約権の記載を合理化して共通化することなどが提言されている。

これについては、記載内容の共通化で一体化しやすくするということで一応の前進と言えなくもない。しかし、もともと、開示書類が複数あって重複感が強いことや、有価証券報告書が株主総会に間に合わないこと、また監査も会社法と金融商品取引法の2本になって作成時間が無駄であり、監査時間も制約されることから、これらを一本化して、監査も合理化し、有価証券報告書の発行を早くし、株主総会に使えるようにしたい、というのが方向性だったのではなかったか。今回、上記の細かい記載内容の調整は提言されたが、事業報告と有価証券報告書の一本化や、監査の一元化は全く触れられていない。

そもそも、監査を受けた財務諸表・開示書類が2種類ある国は、世界で日本だけではないか。グローバルな投資家には理解が困難な、そのような状況を改善しようという方向性が示されなかったことは、残念である。

なお、公認会計士協会の関根委員は、WGに提出した意見書の中で、「監査の一元化については、会社法監査報告書日付(平均決算日後42日程度)と金融商品取引法(同85日程度)の中間あたりが目安になると考えられます」と述べており、米国の60日を意識したものかもしれない。事業報告書と有価証券報告書の一本化および監査の一元化の議論については、引き続き検討を進めてほしいと思う。

(3)株主総会日程の柔軟化のための開示の見直し

「報告」では、例えば3月決算の企業が株主総会開催日を7月にする場合、有価証券報告書等の「株主の状況」が決算日とされていると、議決権行使基準日と2度株主の確定をしなければならないので、有価証券報告書等の記載も議決権行使基準日で良いとするなどの、開示の見直しが提言されている。

もともと株主総会については、招集通知・事業報告の発送から総会日までの期間が諸外国に比べて短く、企業と株主の対話の時間が十分に取れないこと、および有価証券報告書が総会後に開示されて対話に利用できないことから、有価証券報告書などの開示を早める努力をする一方で、総会日をあと倒しすることで、対話時間を十分に確保することが望まれるということだったと思う。

今回の提言の実施によって、企業が事業報告と有価証券報告書の実質的一本化を行い、その結果有価証券報告書の開示を早め、かつ総会開催日を柔軟化して、有価証券報告書の開示から株主総会開催までの期間を欧米並みに2か月程度確保するような試みが行われるか、今後の実務の進展を注目したい。

 

以上のほかにも、非財務情報の開示について(今後とも任意開示の形で充実させていく、とされた)、総会関連情報の電子化の促進、いわゆるフェア・ディスクロージャー・ルールの導入について具体的に検討する必要があるとの提言なども記載されており、今後、どのような議論が行われていくのか、注視しておきたい。
今回の提言が、投資家にとってどのようなメリット、改善が得られるのか、いまひとつ明らかでないところも多い。今後、この提言を受けて、東証や金融庁において制度改正が行われる場合には、パブリックコメントの募集などが行われることもあると思われるので、投資家が積極的に意見を提出していくことが重要だろう。

以上