(投函者:明田雅昭)

本年1月18日に開催されたスチュワードシップ研究会の勉強会で、筆者は「パッシブ運用のエンゲージメント~論点整理と課題」というテーマのプレゼンテーションを行った。2017年5月のスチュワードシップコード改訂に伴いパッシブ運用に対する対話の実施要請が強化されたが、従来から提起されていたビジネスモデル問題(対話にかかるコストをどのように回収するか)の解決が置き去りにされたままであった。筆者はこれに注目し、そもそもパッシブ運用のエンゲージメントにはどのような特徴があり、どのように行うべきかという論点の整理をした後、運用報酬率の調整ではコスト回収が難しい理由を明らかにし、解決策としてエンゲージメントファンドへの投資を提案した。本ブログ記事では、1月18日以降の業界動向を紹介し、ビジネスモデル問題解決への新たなアイデアを紹介する。

1)その後の業界動向

GPIFの2月19日の経営委員会で「平成29年スチュワードシップ活動報告」が提出された(注1)。その中のp28は「パッシブ運用におけるエンゲージメント・適切な議決権行使」というタイトルになっていて、「平成29年の状況」として、次のような記述がある。
『平成28年のスチュワードシップ報告で課題として指摘した「スチュワードシップ活動重視のアセットオーナーのニーズに合致したパッシブ運用受託機関からの新たなビジネスモデルの提案」については、29年中は進展がなかったため、国内株式パッシブ運用機関の公募に併せて再度要請中』
同じページの【残された課題】に『スチュワードシップ活動重視のアセットオーナーのニーズに合致したパッシブ運用受託機関からの新たなビジネスモデルの提案』と記述し、この課題の解決は来年以降への先送りとなった。同じページには、「外国株式パッシブ運用機関の中にはエンゲージメントを実質的にほとんど行っていないと思われる機関もあった」との指摘があり、パッシブ運用のエンゲージメントは、GPIFに採用されるような外国大手運用会社にとっても課題であるようだ。

同報告書の中の「GPIFの今後の対応」のセクション(p31)では、「スチュワードシップ時代の「新しいパッシブ運用」のビジネスモデルに対応した評価方法や手数料体系の検討」として、
・PRIのPassive Investment Working Groupでの議論の活用
・外部コンサルティング会社の活用も検討
の2つが記載されている。運用受託機関からの提案を待つだけでなく、自らこの課題の解決を図ろうとする姿勢を示している。GPIFのリーダーシップに期待したい。

なお、PRIのホームページをみると、Passive Investment Working Group(PIWG)設立の背景には、「いかにしてアセットオーナーがパッシブ投資のアクティブなオーナーになれるか、及びいかにしてパッシブ投資家がESGインテグレーションでシンセティック・レンディングを積極的に活用できるかが大きな論点として残っている(注2)」という問題意識があり、設立の目的は、「様々な資産クラスにおけるパッシブ投資でESGインテグレーションを推進することであり、その目的は主として実務ガイダンスの発行を通じて達成される(注3)」と記述されている。PIWGの主たる議論対象はパッシブ運用のESGインテグレーションであり、この中にビジネスモデルの問題を含むとは記されていないが、この問題も是非議論の対象にしてほしいと思う。
PIWGのメンバーはパッシブ運用に係わってきた専門家6-8人で構成され、座長はPRI Exectiveによって選出されて、Asset Owner Advisory Committeeと密接に連絡を取ることとされている。メンバーの任期はプロジェクトが終わるまでの期間であり、6ヶ月が想定されるとのことだ。メンバー募集の〆切は2017年10月2日とされていた。
PRIのホームページのNews欄をみると上記のアナウンスがされたのが2017年9月13日であったが、メンバーおよび座長の選出が終わったとか、PIWGの活動が始まったというNewsはその後、掲載されていない。PRIホームページの検索機能を使って探しても9月13日アナウンス以外の情報は得られなかったが、既に活動が始まっており、次にアナウンスがあるのは実務ガイダンス案ができた時なのかもしれない。そのタイミングは今年の夏頃であろうか。

2)新たな解決策の提案

1月18日の勉強会では、ご参加いただいたメンバーから、運用会社は筆者のストーリー展開の根底を成す「建設的な対話にかかるコストをファンド毎に運用報酬から回収する」という考え方はしていないというコメントをいただいた。このコメントに触発されて、新たに次のような貸株料を原資とする解決策を考えてみた。

①インデックスファンドと認定されたすべてのファンドで、資産管理を行う信託銀行は積極的に貸株を行う(貸株料収入が資産残高のAベーシスであるとする)。
②貸株業務手数料を差し引いた後の貸株収入はファンドに帰属させず、業界が設立した基金に集約する(基金に送金するのはaベーシス分で、信託銀行がA-aベーシス分を手数料として受け取る。ここで、a=3程度のイメージで、必ずA>aである)。
③対話を行うパッシブファンドを保有する運用会社は、対話の実施計画とそのコストを提示し、その提示内容の評価を受けて、基金から「自社のパッシブファンド資産合計額×bベーシス」を上限として補助金を受け取る(ここで、b=a-0.5程度でどうか)。
④補助金配分後の基金には、「業界のインデックス運用残高合計×(a-b)ベーシス」以上の資金が残る。
⑤年末に、スチュワードシップコードに準拠表明し運用会社にインデックス運用を委託しているアセットオーナーの投票により、その年の運用会社のパッシブ運用エンゲージメントの個社評価を実施する。この評価に基づき、上記④を成果報酬として運用会社に配分する。

日本株のインデックス運用の残高が60兆円で、a=3ベーシスであるとすると、基金に集まる対話用資金は180億円/年ということになる。そして2.5ベーシス分の150億円が対話を行うインデックス運用会社に配分され、0.5ベーシス分の30億円が基金に残る。年末にこの30億円をアセットオーナーによる評価に基づいて運用会社に成果報酬として配分する。60兆円規模で貸株がどの程度実施できるのか分からないが、仮にa=1ベーシスくらいはできるとすると、180億円は60億円に減り、a-b=0.2程度にして、運用会社向け補助金が48億円、成果報酬が12億円ということになる。48億円の補助金があれば、パッシブ運用会社全体で建設的な対話を行うプロフェッショナルを100人程度賄えるのではないだろうか。

このスキームの場合、インデックスファンドそのものの運用報酬は従来と変わらない(値上げする必要はない)。
対話をしないインデックス運用会社は、今、貸株をしていないければ、従来と何も変わらない。貸株で数ベーシスの収入を得ていたとすると、その収入を失い、従来と比べて数ベーシスのパフォーマンス劣化となる。これは対話を行わないことに対する一種のペナルティとして甘受する。
対話を行うインデックス運用会社は、ファンドの外側で、対話実施チームのコスト回収が実現できる。更に、良い対話が出来たとアセットオーナーから評価されれば成果報酬が得られるので、よい対話を行うための強いインセンティブになる。
アセットオーナーは評価権を持つことにより、責任が生じ、インデックス運用会社により良い対話の実施を真剣に促すことになる。
資産管理を行う信託銀行はA-aが最大化されるように貸株業務を高度化・効率化するインセンティブを持つことになる。

以上

----------

注1)3月11日時点で、議事概要(議事録)が公表されていないため、経営委員会でどのような議論があったかは確認できず、本ブログはこの活動報告書の内容だけをみてコメントしている。

注2)原文は”How asset owners can be active owners for passive investments and how passive investors can actively embrace ESG integration with synthetic lending remains part of a huge debate”
“syntehtic lending”というのは、よく分からないが、資産保有者がプライムブローカーに株式を貸し出し、プライムブローカーがこの株式をヘッジファンドなどに更に貸し出しをするのだが、その際に先物も利用する工夫を施すことで、通常よりも多めの金利を稼ぐような方式のようだ。そして稼いだ金利分は資産保有者とプライムブローカーがある比率で山分けするようである。貸株(securities lending)の高度なテクニックだと思われるが、欧米のパッシブ運用者が多く利用していて何らかの課題があるということなのだろう。

注3)原文は”The Passive Investments Working Group is tasked to promoting ESG integration in Passive Investments across asset classes.  This will be primarily achieved through publication of a practical guidance”

(2018年3月27日追記)
注2)の補足
PIWGの事務局に確認したところ、このSynthetic Lending というのはStock Lending(貸株)の代名詞として使っただけで、Stock Lendingと置き換えて理解すればよいようです。そして、「設立の背景」の「大きな論点」の後半の趣旨は、
①パッシブ運用では保有株を使って大量の貸株を行い、貸株料と貸株の担保(主に現金)の運用益によりリターンの嵩上げを行うことができる
②貸株を行った場合、貸株期間中の配当収入はパッシブファンドに帰属することになるが、議決権は株を借りた主体に移る
③一部のアセットオーナーは、貸株によりパフォーマンスを嵩上げしているが、一方で、企業に対して深いESGエンゲージメントを行っているアセットオーナーは議決権が移行してしまう貸株をすることが困難であるため議論になっている
ということのようです。
一部のアセットオーナーがエンゲージメントをしないことを問題にしているのか、エンゲージメントするアセットオーナーがリターン面で劣後することを問題にしているのかは不明です。