投稿者(三井千絵)

英国では昨年末から、Annual Report(法定開示書類:日本の有価証券報告書にあたる)の開示要件に影響のある、2つのレギュレーションの改定を行っている。今年から施行になるEU Non-Financial Reporting Directive(非財務開示指令 NFRD)に準拠した開示を行うためだ。ダイレクティブとはEU加盟国同士で同等の法律を整備することを求める指令だ。今回のNFRDは、EU各国の上場企業(大企業)に対し、国が異なっても財務(IFRS)だけでなく非財務に関する開示も、全EUで同等の要件が含まれることを目的としている。今年以降EU加盟国は、企業開示にNFRDが求める要件を含むことを義務付けられるよう、自国の法律を順次改正しなければならない。本規制がいうところの“非財務”情報とは、一般にESG情報といわれるものより広範囲になっている。Brexitのタイミングから、英国はEUの指令に従わない選択も可能であるが、英国の金融庁にあたるFRCは、今後も市場にとって重要なことは対応していくと宣言している。そして英国政府では本指令に準拠するよう、各所轄官庁で会社法とDisclosure and Transparency Rules(DTR)を改定し、またFRCでは改定されたレギュレーションに基づいたAnnual Reportが作成できるよう、作成ガイダンスの修正案を公表、10月24日までパブリックコメントを募集している。

https://www.frc.org.uk/news/august-2017/frc-consults-on-non-financial-reporting-guidance

 

非財務開示指令と会社法改正

NFRDが求められる開示要件は、大きくは次の6点である。

  1. ビジネスモデル(当該企業の収益を生みだしている事業の説明)
  2. 当該事項(ビジネスモデル)に関して追求する方針(ストラテジー等)とデューデリジェンスのプロセス、またこれらの方針(ストラテジー等)を企業が実施した場合の、
  3. 成果
  4. 主要なリスク
  5. 主要リスクの管理
  6. 非財務的なKPI

ここで求められているのはあくまでも“開示”であるが、英国政府はまずこれらの項目に対する“マネジメント責任”について、会社法を改定した。即ち、2006年会社法の172項を昨年12月に次のように改めた。

 

2006年会社法、改定172項

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Directorは、誠意をもって関係者全体の利益の為に、会社の成功の可能性が最も高いと考える方法で行動しなければなりません。特に以下のことに考慮する必要があります。

  • 長期にわたって影響がある可能性
  • 従業員の利益
  • 顧客やサプライヤーとの事業上の関係の育成の必要性
  • 企業の日々の活動が地域社会や環境に与える影響
  • 高い行動基に基づくレピュテーションを維持するための社のDesirabillity(望ましいあり方)
  • 企業の関係者間が公平となるような行動を取る必要性

(筆者仮訳)

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FRCはこの改定172項が求める行動を“マネジメントのスチュワードシップ責任”とし、Annual reportにはマネジメントがその責任を如何に実施したかを、株主がわかるように説明することを求め、Annual reportのガイダンスの改定案には具体的な記載要件を追加した。

またDepartment for Business, Energy & Industrial Strategyでは、172項をふまえコーポレートガバナンス改革のためのコンサルテーションを行い、その結果を8月末に公表した。これらは、今年後半に予定されているFRCのコーポレートガバナンス・コード改定にも反映される予定である。

 

英国のAnnual Report

元々英国では、2013年にFRCが会社法やコーポレートガバナンス・コードの開示要件を整理し、Annual Reportを5つのセクションで開示するフレームワークを作成した。財務諸表に加えて、Strategic report、Corporate governance report、Remuneration、Directors reportという構成にし、非財務情報を財務情報と統合的に開示することを企業に指示した。その後2014年にはコアとなるStrategic Reportについて、どのように記載すれば開示要件が満たされるのか解説するガイダンスを発行した。このガイダンスが今回改訂されることになる。

改定案では、まず冒頭にAnnual Reportの目的が述べられている。Annual reportとは、株主がマネジメントのスチュワードシップを評価し、投資決定のアロケーションを行う際にレレバントな情報を提供しなければならない、と明確に述べている。

そしてAnnual reportには、企業の財政状態や将来の予想、目的に向かった戦略の達成ぐあい、事業のありかた、ガバナンス、そして役員の報酬を評価できる情報を記載するべきとし、“公平でバランスが取れていて、理解可能なものでなければならない”と謳っている。

更に非財務情報の中心となるStrategic reportについては、単独で存在するわけではなく、Annual Reportの一部であると強く主張している。例えば事業のあり方から戦略とその結果、主要なリスクなどから財務状況までが一貫性をもつ説明がなされなくてはならない、と強調している。

次にStrategicレポートの記載方法について、Clear でかつConciseであるべきと述べ、コンテンツの整理の仕方として、「A.マネジメントの戦略」、「B.事業の環境」、「C.事業のパフォーマンス」と3つにわけ、たとえばAに事業の説明、BにリスクとESG(環境、従業員、社会コミュニティ、人権、Anti-corruption問題)への社の対応等を書き、CにKPIを書くといった事例も示されている。

そしてこのNFRDが求める開示の具体的な記載例も挙げられている。例えば、海外でプロダクトを生産している場合、現地の労働条件について顧客が気にするリスクなど、そのサプライチェーン全体に対しどのようなリスクがあり、それらをどのように緩和しているかなどを記載するよう指示している。

最後にKPIについては、たとえばEBITDAのようなものを指標としておいた場合、その計算方法や、計算元データの説明が求められている。またこれはUK、EUではすでに自明となっているのかもしれないが、KPIとはすなわち、マネジメントの業績であり、その実効性がこれで評価されなければならないと見られている。UKでは2年前から、役員報酬にはKPIを記載し、その達成率や各マネジメントがどれだけ貢献したかを説明するように義務付けられた。報酬が高いか安いかではなく、貢献度を議論することが重視されている。このマネジメントの業績を示すKPIは、すでに数年前から業績を表すものだけでなくESGに関わる指数も用いられてきた。今回のマネジメントの責任の内容に言及した改正をうけ、どのようなESG系KPIを業績指標として組み入れるべきかという点が、より明確になっていくのではないだろうか。

 

マネジメントの責任と日本の企業開示の課題

以上のような対応は他のEU諸国の企業にも数年以内に徹底される。また英国のStrategic Reportはシンガポールやマレーシアなど東南アジアのレギュレーターも注目している。今回の改定の内容は、英国で今年後半に予定されているコーポレートガバナンス・コードの改定にも関連し、おそらく日本で近い将来予定されるコーポレートガバナンス・コードにもなんらかの形で影響を与えるだろう。いくつかの開示要件は、昨今、国連や民間団体の企業の評価モデルなどでも求められている。この改定の取り組みには日本の企業、投資家も学ぶところが大きいのではないだろうか。

さらに今回の改定は、Annual reportは、財務・非財務に関わる企業の取り組みにおけるマネジメントの責任を、株主に分かるように説明するものである、という面を強く押し出している。従ってこれまで以上に、これらの開示情報と役員報酬議案との連動が深まると考えられる。制度開示であるため全社が対応していくこともあわせ、議決権行使の質的向上にも貢献するだろう。

なぜなら、英国では(日本以外のほとんどの国がそうであるように)Annual Reportが発行されてから株主総会が行われる。従ってその、Annual reportで企業の状況、今年一年間の活動をマネジメントの評価と結び付けて理解すれば、そのまま議決権行使に臨むことができるようになっている。またロンドンの長期投資家は特に役員報酬議案の検討にリソースを割いている面がある。それは金額の問題ではなく、そこに企業の業績やガバナンスの取り組みにおけるマネジメントの責任が、凝縮して表れているからだ。これに比べ日本では、現状は有価証券報告書における報酬の開示は非常に情報が少なく、また開示のタイミングの問題で議決権行使に用いることもできなくなっている。

金融庁ではこの春、スチュワードシップ・コードの初めての改定を行い、時期は明示していないが、コーポレートガバナンス・コードの改定にも早々に着手するだろう。また一昨年前から開示のあり方についての議論も行われている。日本ではやや決算短信や業績予想の課題といった議論に関心が集まりがちだが、本来グローバルの開示の動向を踏まえた今後の在り方の議論に、時間を割いてもいいのではないだろうか。また企業も投資家も、外国人投資家はこういった改定の議論の中にあり、そういった視点で日本企業の開示をみている、ということを意識することが重要ではないだろうか。