——企業の社会に対する責任と、株主総会のあるべき姿ーー

 

投函者(三井千絵)

金融庁は4月14日、有価証券報告書等の提出期限を延長することを発表した。対象は有価証券報告書だけでなく、四半期報告書、半期報告書等の全てについて4/20以降に提出期限が到来する報告書に関して、一律に9月末まで提出期限を延期した。

最も決算が集中する3月期決算業務と監査業務が進行中である現在、外出自粛や在宅勤務によって業務に遅延が出ることを配慮しての措置だ。この発表をうけて、報道でも「有報を送らせることができても、株主総会を遅らせることができなければ負担は変わらない」という声が聞かれたが、その翌日、金融庁のHPにおいて関連省庁の連絡協議会から株主総会についても考え方が発表された。

それによると、1.株主総会はいつでも日程を後ろ倒しにすることが可能である、2.それでも様々な事情により予定通り開催したい場合でも、計算書類、監査報告書を別途(数ヶ月後に)“継続会”というかたちで提供することが可能であるという説明だ。

これは前日の発表とトーンが異なっている感がある。有価証券報告書の提出は遅らせても株主総会は予定通り行う企業があることが前提となっているようだ。経産省が発表したQ&Aによると株主総会でオンラインを併設し、事前の電子行使をうながし株主の健康に配慮して会場に来ないように呼びかけることは可能であるが、全てをオンラインだけで行うことはできないようだ。

有価証券報告書の提出期限の延長は過去にも災害などで行われており、これについては投資家もアナリストも理解を示している。しかし株主総会は予定通りという点については意見が分かれる。本稿では内外の投資家、アナリストの意見、そして会計士、また企業の経理担当者等関係者15名ほどと個別に行った議論をもとに、現在の論点を整理してみたい。

 

株主総会を遅らせることはできないのか?

英国の投資家で日本株を担当するA氏はニュースを見た最初の一言は「監査が期日までにできないのは仕方がないが、監査ができていないのに配当決議などできるのだろうか」であった。社員や株主を危険にさらしてまで6月末に総会を開催しなければならないということは、日本より感染者の拡大が深刻な英国から見れば「なぜそこまでして・・・」と映るのかもしれない。

”継続会”方式は、不正会計などが発覚しどうしても監査が終わらない場合に用いられていた方式だと投資家は認識している。だからこのような状況下で、監査が終わらなくても総会を6月末に開く為にこの方式を選択するというのは、今感染拡大防止の為に企業が採るべきあらゆる措置より、監査だけに焦点が当たっているかのように受け取れないこともない。

金融庁のホームページにもあるように、基準日を今から変更すれば株主総会を遅らせることは可能だ。(法務省の説明)ただこの場合3月末の権利落ち日以降に売った人が、新たな基準日が設定されることで配当が受け取れなくなるという問題がある。議決権行使の権利も失う。株価が乱高下していたこともあり、配当が得られないことに納得がいかない投資家も出るだろう。「企業の中には、それを気にしているところもけっこうあるようだ」と株主総会について専門としているある関係者は感じている。

長期に投資を行いこの3月末の乱高下の中でも株を保有し続けた投資家でも「月次で配当をしている投信や、年金基金などで6月末に予定通りキャッシュインがないと困るところもあるのかもしれない」とある大手運用会社B氏は指摘するが、同時に「ただ(自分が見ている中でも)配当を取締役会決議に切り替えている企業も少なくない。タイミングだけの問題であれば6月末に取締役会決議をすれば、配当が例年より遅れることはない。投資家への配当を気にして、総会を遅らせないというなら、それは違うのではないか」と考えている。

総会と有報の延期については今回ディスカッションを行った8名の投資家やアナリストはみな「今年はしかたがない」という考えだ。しかし総会を延期せず監査、あるいは決算はそれまでに完了しない・・・いうことになると意見は異なってくる。やはり責任投資部門で責任者を務めるC氏は「監査結果がでていないのに、取締役選任議案に投票できるのだろうか」と疑問を呈した。「それであれば決算短信をしっかり出してほしいということになってしまうが、そもそもそれが難しいということか・・・?」同様の意見は複数からあがった。みな監査前に総会を行うということについて、「では短信をしっかり出してほしい」と考えるが、もともと日本の決算短信が株主総会で使えるだけのものであるのは、実質的に監査が平行して行われているからであり、少なくとも株主総会までには会社法監査が終わっている。監査ができないのであれば、決算短信も例年と同じというわけには作れないのだという視点でこの問題を考える必要がある。

 

監査、決算は今どういう状況なのか?

一方、「なぜ監査が問題となっているのか?」という点を問題視する投資家もいる。「もともと、日本ではまだ紙を中心とした作業が他国より多く、決算の処理や監査がデジタル化していないことによって、もしかして他国より監査を遅らせているのではないか?」という指摘だ。

これに対し、ある会計士D氏はきっぱりと「そんなことはありません。たしかに現場で紙が多いかもしれませんが、そのために対応が遅れているわけではありません。現地にいけないからです。他国も同じだと思いますし、12月決算であれば日本でもなんとかなっています。3月決算が問題なんです」と言った。

「監査人は早くから警告をあげていました。正直日本企業は他国と比べ新型コロナウイルスの感染拡大に対する対応が緩いと感じます。経理部門がまったくテレワークできていない状態で決算作業を続けている、正直みていてとても怖いです。一人感染したら全滅してしまう」 一部上場企業で経理部門のE氏も同様に感じている。「弊社は経理部門も完全にテレワークにできましたが、取引先を見ているとそうでないところもあります。本当に一人感染したら、と思うと・・・」グローバルに子会社を100社近くもつE氏の会社では、海外子会社で早くから活動を止めていた所もあり作業はとても大変だったが、それでも決算は予定通り出すつもりだ。しかし取引先で経理部門はテレワークができないところは多いようだ、という。

公認会計士のF氏は「私の顧客も経理はテレワークができず、順番に自宅待機にしています。そのため関連書類を求めても、次に担当者が出社した時にとなり一週間ぐらいかかったりします。しかしそのような中でも今はみな決算を予定通りだそうとしています」別の監査法人のG氏の意見も同じだ「テレワークの設備が十分になく順番に使ったりされています。勤務している方も席を空けて座り、昼食に一緒にでず、十分に気をつけられていて、それでなんとか保っているそういう状況です」

セルサイドアナリストのH氏は「監査がこの状況でもできると思っていて、日本の監査法人だけが間に合わないと思っている人がいるとしたら監査を知らなすぎかもしれません」

商社セクターを担当するH氏はグローバルで大型企業を見ることが多い。「監査は今、難しいと思います。アナリストとしては監査をしてほしい。監査が終わっていないなら総会を開くのはどうかと思う。今は緊急事態です。海外では今年は配当を払うべきではないという議論もあります。監査が終わるまで総会を延期すべきです」

金融庁HPで説明されている計算書類、監査報告書を“継続会”にまわし取締役選任議案だけを総会にかける案について「仮に財表は出せないとしても、せめて議決権に関わることは総会議案にきちんと開示してほしい」と前述のB氏は切実に思っている。一方「監査がどこまでしかできなかったかを注記すればいいのでは・・・」とあるアクティブ運用の投資家は述べる。少しでも早く状況を知りたいという投資家の気持ちもある。別の外資系アクティブ運用の運用者は「決算というか数字が必要。どちらかというと、今ほど必要な時はない。わかっていることをわかっている範囲で開示してもられればいいのだが・・・」と訴えた。

 

企業は総会を予定通り行いたいのか? 未来を見据えて判断を

4月17日現在、多くの企業が6月に予定通り総会を行うつもりではないか、と公認会計士や支援業等の関係者はみている。日経新聞は4月15日の報道で予定通り決算発表を行うつもりの企業がかなり多いことを報じた。「なんとか総会まで予定通り終わらせたい・・・」と前述のE氏も思っている。「日本企業の役員は多くが内部昇格で、予定通り6月に役員として承認を行い、人事を予定通り動かしたいという思いがあると思います。とてもセンシティブな問題です」と言う。また決算を予定通り出さないと株価に悪影響となるのではないかと気にしている会社もあるようだ。この後資金調達が必要となった時悪影響がないかという不安も抱えている。

しかしこのような状況で、役員人事だけ決議する総会は本当に現実的だろうか。本来は緊急事態で、もう数ヶ月継続した役員で行う方が経営的にも良いはずだ。人事をうごかせばそれに伴い事務作業も発生する。

「企業はできるかできないかより、“どっちのほうがいいのか?”」と投資家の目を気にしているのではないか」とあるIR支援会社の研究員は見ている。今は投資家もそれぞれが置かれた状況により違うことを言うだろう。そのような中、誰かが止めなければ、経理はどこまでも有報を期日通りに出そうとするだろう、と経理担当者向けの情報サービス業に従事するI氏は、長年つきあってきた経理の状況を代弁する。

経理のE氏は、「有報の方は金融庁からクリアなメッセージが出たと思っている。それに比べ総会はメッセージが弱く、実際みなどうしていいかわからないのではないか」

既に6月総会の企業にとって3月末の基準日はすぎており、それを変更するのは簡単ではない。もう4月の中旬で、今から企業が内外を調整しそのような決定ができるのだろうか。法令で例えば何もしなくても総会を遅らせることができるような明確な処置を行うか、もっと強いメッセージを送らないと、何も変わらない。

総会を遅らせることのハードルをあげているのは、すでに配当落ちしているということもあるが、たとえば基準日が総会の2日前である英国ではこのような問題は発生しない。基準日から総会までが3ヶ月も離れている国はあまりない。これは1年の1/4もの期間株主でない投資家が議決権を持っている、という本来コーポレートガバナンスコードの議論が始まった時、もっと議論されるべきだった点のひとつだ。テレワークの徹底や経理業務の電子化から総会の日程、期末から総会までの期間が世界的にみても短いのに2種類の監査、そして3ヶ月も離れた基準日まで、様々な未解決であった宿題が全て今問題を更に深刻化させている。

「投資家として、決算は早くしてもらえた方がいいに決まっている。聞けば皆そう答えるだろう。しかし今従業員や社会のことを考えどうすればいいのか、それを決めるのがマネジメントの仕事だ。投資家がどうみるかではなく、どうするのが経営にとって最もいいかを考えて決めてほしい」とB氏はまとめた。これは今回議論した全ての投資家からのメッセージと言える。