投函者(三井千絵)

 

4月19日、「新型コロナ緊急事態宣言下の有価証券報告書と株主総会」という投函を行ってから、引き続き関係者の声を聞いている。数社は基準日を変更し株主総会を延期すると発表をしたものの、ほとんどの企業は4月29日現在、多少決算の遅れはあっても、予定通り監査を終えて株主総会を開催する予定で進んでいるようだ。本稿では、先週末から今週の頭にかけて出てきた新たな動き、いただいたご意見を紹介し、あらためてこの問題について、今考えるべき点を述べていきたい。

日本の決算・監査はこれまでも他国と異なるスケジュールから発するいくつかの問題を抱えていた。過去にも金融審議会等で議論されたことがあったが、解決に至らなかった。それらもふまえ、決算・監査のクオリティ向上、緊急事態宣言中の経営・事業の体制のあり方、従業員・株主の安全を鑑み、1社でも多くの企業が株主総会の延期を積極的に検討されることを願いたい。本稿がその一助になれば幸いである。

 

総会を延期できない背景、配当基準日

あるビッグ4のパートナーは前回の記事をみて「監査先の企業で、決算・監査業務が予定どおり進んでいなくても、企業側がいっこうに決算承認に係る役員会の日程をずらそうとしないことに焦りを感じている。『訂正になっても知りませんよ』、と念を押しているのだが・・・」と述べた。日本公認会計士協会の手塚正彦会長は4月21日の日経新聞で、株主総会や決算発表の延期といった対策について「企業に積極的な検討を求める」と改めて訴えた。

 

また、前回の記事を見てはじめてこの問題に気づいたという投資家も多かった。こちらからの問いに改めて「有価証券報告書が遅れたとしても決算短信があるから(株主総会が予定どおり開催されても)大丈夫だと誤解していた」と語ってくれた。その中の多くの方が最終的には「やはり株主総会を遅らせるべきだ」と述べたが、中には「基準日は守ってもらわなければ困る」という意見もあった。

もちろん数ある企業の中には、当然、影響が出ていないところもあるだろう。6月総会の企業が株主総会を遅らせるためには、すでに過ぎてしまった基準日(3月31日)を改めて別の日に変更しなければならず、これに抵抗感をもつ投資家も存在する。ある米国の投資家も「え?!一度基準日が過ぎたのに修正するのか?」と驚いた後、日本ではそもそも株主総会より基準日が3ヶ月も前であると聞いて状況を理解した。(米国では株主総会の2週間前)基準日が過ぎた後、仮に株式を売却したケースでは、納得がいかないのも理解できる。

しかし、実はすでに3月後半に東京証券取引所はこの問題を注意喚起していた(「2020年3月期末の配当その他の権利落ちについて」)。また配当の問題については4月23日に、国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)が“COVID-19パンデミクスが続く期間のガバナンスの優先順位”について発表したステートメントの中でも、収益が下がり、従業員やサプライヤー、その他の関係者に影響を与えるような場合は、配当の削減や停止が望ましいと提言されている。

 

決算報告(監査)なき株主総会のリスク

日本では多くの企業に監査役会および会計監査人が設置されている。決算(計算書類等)を株主総会に諮る前には取締役会で承認される必要がある。そして、取締役会は承認を行う前に、監査役会の監査報告を受ける必要がある。さらに監査役会は会計監査人の監査報告を受けなければならない。つまり、監査を受けることは、取締役の義務としても非常に重いものであり、この手続を十分に行っているかどうかはコーポレートガバナンス上の重要事項で、取締役選任においても評価されるべき点である。

特に今年退任予定の監査役にとっては、監査役会報告書を出すこともなく去ることになるのだろうか。監査役が最後に重要な提言をし、会計不正や放置すれば巨額な損失になるような事態を防止したケースも少なくないだろう。ある上場企業の内部監査部長は「監査役に採ってはその責務の総結集とも言える監査役会報告書を出さずして株主総会を迎えるというのはありえないと感じるのではないか」と首を傾げた。これは監査役等設置会社であっても、監査役会設置会社であっても同様だ。

議決権行使助言機関のISS社(Institutional Shareholder Services Inc.)は、4月22日に企業に向けたメッセージを送り始めた。「継続会方式しか選択肢がないのであれば仕方がないが、基準日を変更することで総会の延期は可能である」と明確に伝えたうえで、「選択肢があるにもかかわらず、決算が確定しない段階で株主総会を開催することは株主の視点に立つとはいえない。また当然、個別判断ではあるが、株主の視点に立っているとはいえない場合は否定的な立場に立たざるを得ない」と述べた。

 

今こそ、株主総会の本来のあり方を考える時

日本の株主総会の日程については、コーポレートガバナンス・コード導入後に議論になってきた課題がいくつかある。基準日から株主総会まで3カ月も期間があるのは前述のように世界的にみても長い。この間に株式を売却しすでに保有していない投資家にも議決権があったり、良い決算がでると高配当への期待から株価があがるといったダイナミズムも働かない。一方、株主総会自体は決算期末から3カ月と短く、その期間に会社法と金商法の2回の監査をしなければならない。

緊急事態宣言が発令され、企業だけでなく投資家も議決権行使シーズンが近づき、いろいろと不便な思いを抱えているだろう。しかしテレワークの徹底や書類の電子化と同様、今年までできていなかったことを1つひとつ克服することは、未来を変える力となる。今年基準日を変更し、株主総会を遅らせることができたら、来年もできるかもしれない。決算期末と配当基準日をずらすこともできるかもしれない。そうすると、海外の投資家から指摘されている「金商法に基づく監査が完了した法定開示書類を株主総会前に」提出する道、すなわち株主総会前の有価証券報告書の提出につながるかもしれない。さらには、監査の日程を十分に確保することができれば、来年から義務化されるKey Audit Mattersも充実するかもしれない。

企業の経営者の方には社会と従業員、そして株主の安全を第一に考え、対応を検討してもらうたいと思うのと同時に、責任ある機関投資家としても、ぜひ未来を見据えた上で、企業に対しより良い方法を指南してほしいと願っている。