― 議決権行使の責任 “企業価値向上へ向けたそれぞれの判断” ― 2019年株主総会 LIXIL その1

投函者(三井千絵)

 

2018年秋の突然の瀬戸CEO解任から、株主から臨時株主総会を要求されていたLIXILだが、潮田氏・山梨氏の取締役辞任を受けて、2019年5月9日、マラソン・アセットマネジメント(以下マラソン・アセット)他3社および国内株主は、3月20日付の臨時株主総会の招集請求を取り下げた。

一方、定時株主総会に向けて、瀬戸氏・伊奈氏は、自身を含む社内4名・社外4名の8名を取締役候補とする株主提案を行うことを4月5日に表明(会社の株主提案受領は4月19日付)したことで、焦点は定時株主総会での、会社提案 vs 株主提案という取締役選任へと移った。

 

  1. 二転三転した会社側の取締役候補者選び

 

会社側の取締役候補者選びは、二転三転した。2018年11月から指名委員会の委員長を務めてきたバーバラ・ジャッジ氏が、株主との対話の中で示していた、本人を含む若干名の取締役留任と同業の経営経験を有する外国人社外取締役で固めるという人事案も立ち消えとなった。最終的にはジャッジ氏も除かれ、5月13日に会社が発表した取締役候補者は、社内取締役は執行役副社長の大坪氏1名のみで、社外取締役7名(合計8名)、既存の取締役を一層し全員が新任という案となった。しかしこの7名には株主提案候補者であった鈴木氏、鬼丸氏を会社側も候補としたため、株主総会議案には、会社側候補者(1号議案)、双方による候補者(2号議案)、株主側候補者(3号議案)という3つのグループに分けられた複雑な議案となった。(鈴木、鬼丸氏はメディアの取材に対し、それまで会社から連絡は受けていない、と答えていた。日経新聞2019年5月19日)

この会社側候補の指名理由について、指名委員会は「ガバナンスの体制を強化し、経営権をめぐる混乱を一刻も早く収束させるため、現任取締役を含まない構成に刷新することが相当であるとの結論に至った」と説明した。更に「基本的な考え方として、監督と執行の分離、過半数を独立社外取締役とする、取締役会の規模は8名程度を基本とすべき」であり、総会後の代表執行役(社長・CEO)を含めた執行体制や委員会体制については「当社が指名委員会等設置会社であることを踏まえ、新しく組成される取締役会及び指名委員会の責任のもとに、選任・選定されるべきである」という理由で、この時点ではCEOや委員会委員の案は示されなかった。

その後5月17日にコニカミノルタ取締役会議長の松崎氏が、5月20日には元米国国務次官補のカート・キャンベル氏が追加され、最終的に会社側の取締役候補者は合計10名となった。

会社側は株主に対して、1号議案、2号議案に賛成、3号議案に反対するよう求めた。株主側の提案ではCEO候補を開示していたため、「3号議案は特定の候補者がCEOに選任されることが前提とされており、指名委員会等設置会社のガバナンスの在り方に対する理解に疑義がある」と訴えた。しかしどの候補が委員会委員候補かといった情報はどちらの提案にも含まれていなかった。投資家からすれば、新しい取締役会がどのようなストラクチャで運営されるかは、議決権行使のために開示されるべきと考えるだろう。”新しく組織された取締役会・指名委員会の責任のもとに選定されるべき”であるかどうかについても、意見が分かれるところではないだろうか。

 

  1. 株主提案の論点

 

マラソン・アセットらはそれまでのエンゲージメント活動を通し、「正常な経営ができる体制に」、「中期経営計画に基づいて遂行中の事業の継続性の重要性を鑑み、何名かの取締役の続投は必要」、ということをLIXILの指名委員会に伝えてきていたが、その意向は受け入れられなかった。そこで6月14日、マラソン・アセットは定時株主総会において株主提案に賛成し会社提案に反対することをプレスリリースで表明し(マラソン・アセット・マネジメントAGMプレスリリース)、プラチナム・アセット・マネジメント、またインダス・キャピタルも同様の意向をプレスリリースで公にした。

上記のプレスリリースの中で、マラソン・アセットは、ガバナンスの改善、指名委員会の機能正常化を求めて対話を行ってきたが、会社側の候補者による体制から、それが組み入れられていないと判断したこと、特に「本人の承諾のないまま、株主案の2名の社外取締役候補を会社案候補に加えたり、株主案を支持する旨の意思表示をした委任状が無効となるような紛らわしい議決権行使の方法が組み込まれており(注)、株主と対話をする姿勢ではなかった」と問題点のひとつを指摘し、更に「その対応を黙認しつづけた会社案の社外取締役候補についても、株主の代表となりうるのか疑問であったし、当初指名委員会の委員長が示唆していた経営陣の継続性も、全員が新任かつ社内取締役は1名という布陣で実現できるとは思えなかった」

つまり「株主が信頼して資本を託して経営を委ねることができないことが問題であった」と、訴えた。

 

3.会社提案側の提案に賛成するプロキシー・エージェントと海外大手機関投資家

 

このような状況に対し、海外のプロキシー・エージェントは会社提案に賛成した。理由は社外取締役がより多いこと等であった。それもあってか、これまで株主提案に対しても前向きと見られていた海外の大手投資家においても、今回は会社提案というケースがみられた。

マラソン・アセットは、こういった海外の動きについて「会社案は、社外取締役が多いほど良いという基準からみると、美しい提案だっただろう。だが全員が新任という実験的な布陣で、取締役としての手腕は不明であり、また唯一の社内取締役に実質的な権限が集中し、その人に対する一部の利害関係者の影響力が反映される可能性も否めない、という懸念は聞き入れられなかった」と、判断の視点が投資家間で乖離した結果を残念に感じたようだった。マラソン・アセットらが懸念する経営の非継続性というリスクは、ガバナンスの意識で先進的と言われている大手アセット・オーナーや運用会社でも共有されなかったようで、会社提案が支持され、株主案に反対という結果になった。

 

4.国内機関投資家の一部は株主提案に賛成へ

 

一方、これまで(海外に比べると)会社提案を支持するケースが多い、と言われていた国内の機関投資家に、株主提案を支持したケースが見られた。おりしも議決権行使結果とその理由の個別開示が進む中で、それらをみると社外取締役が多いといった一般的な要件や、グローバルの議決権行使助言会社の助言に影響を受けず、各社の基準に照らし判断を下したとみることができる。たとえば、あるLIXILの幹事証券の1社のグループである大手資産運用会社は、従来であれば会社提案に反対しづらい・・・といわれていた立場であるが今回は会社提案に反対し、株主提案を支持していた。

数年前スチュワードシップコードの議論が始まった頃、ある英国の運用会社の議決権行使担当者は「自分たちは親会社の取締役選任議案でも問題がある時は反対する」と強調した。実際は英国でも運用会社にとってどれだけやりづらいことであったかが伺えた。それから鑑みると、ここ数年のスチュワードシップ責任の議論の高まりによって、国内の運用会社にとっても会社提案と株主提案を同列に扱い行使をすることが、ずいぶんやりやすい環境になってきた、とみることができるかもしれない。

またメディアもこの問題をよく報道していた。情報をメディアに頼るしかない個人投資家の議決権は全体では無視できない量になっている。(LIXILの場合は2019年6月に提出された有価証券報告書によると「個人・その他」で26.4%)問題を知ることがなければ、行使されない、あるいはただ賛成、ないしは委任となる可能性もある。かつては株主提案というのはネガティブなイメージがあったが、今回は株主提案についてもインタビューをもとにした記事も報道され、個人投資家も同列に考える材料が多く提供された。大手メディアだけでなくネット専用メディアも取り上げ、会社提案に賛成した議決権行使助言会社について“ミスリードの懸念”といった意見を発信したところもあった。(https://www.excite.co.jp/news/article/Bizjournal_mixi201906_post-15764/)

 

5.今回の事件を振り返り・・・これからに向けて

「勝てたからよかったが、負けたらどうなることかと思った」と提案者の一人はのちに心の内を漏らした。本当に大変な取り組みだったようだ。「今回は、機関投資家として企業の企業価値を支えるガバナンス向上のために果たすべき責任とは何か、ということだったと思う。それについて、機関投資家同士で日ごろから議論できる環境がもっと必要だ」と感じだそうだ。

株主総会の翌日、LIXILの株価は前日の終値1,478円から1,714円に跳ね上がった。

「この株価の反応をみて、会社提案に賛成した機関投資家は委託資産に対する責任をどう考えているのかと思う」とマラソン・アセットの高野氏は指摘する。「ガバナンスの改善に期待した結果ではあるが、かりにガバナンスに注目していない運用会社であっても、顧客資産の価値の最大化を図るのが株主の責務なはずだ。会社提案に賛成した投資家は、形式的なカバナンスの改善を求めているように見えた」そうだ。

 

 

こうして昨年の10月から8ヶ月間続いたマラソン・アセットらの戦いはひとまず終了した。株主案の取締役候補が過半を占めたこともあり、滞っていた取締役会や指名委員会の議事録も開示された。マラソン・アセットらは株主の責任として企業価値を損ねるガバナンスの不在に対し声を上げ、そして最後は議決権を預かる投資家の責任についても、世の中に問いかけることとなった。株主として、投資家として果たすべき責任とはなにか?どう行動すべきかについて、判断も答えもひとつではないかもしれないが、引き続き考えていくべきだろう。

 

 

注:個人投資家が提出する議決権用紙には「株主案に賛成を示す委任状は無効」といった説明が小さな文字で記載されており、実際個人投資家の委任状が無効票となったケースが多かったようだ。