投函者(三井千絵)

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機関投資家の責任と役割

 

株主提案を行った株主に対する訴訟

5月20日、カルパースは自社のHPに意見を公表した。タイトルは「カルパースがエクソンモービル(以下、エクソン)取締役会に反対票を投じる理由」。カルパースは、来る29日のエクソンの株主総会に向けて議決権を行使する。エクソンの取締役会は現在、ある少数株主に対し訴訟を起こしている。カルパースは、これを見過ごせば、株主の権利が脅かされることになり、長年自分たちが取り組んできた“企業の収益改善における全ての投資家の役割と権利が減退する危険性がある”、と述べている。

それではなぜエクソンの取締役会は一部の株主、(Follow ThisとArjuna Capital)に対し訴訟を起こしたのか。きっかけは彼らが、エクソンに対して、スコープ3の目標の導入を求める株主提案を行っていたためだ。エクソンが彼らに対する訴訟を起こすと、2月7日ファイナンシャルタイムはノルウェーの1兆5000億ドル規模の石油ファンドのCEOニコライ・タンゲン氏のインタビュー記事を掲載した。タンゲン氏はこの展開について「株主の権利への影響を懸念している」と答えた。その後株主たちは提案を取り下げたが、エクソンは訴訟を止める姿勢はない。

 

エクソンの立場

エクソンの訴訟に対し、投資家は様々な見方をしている。大方はカルパースのように、株主の権利に対する脅威だと感じているが、中にはエクソンに同情的な声もある。「Follow Thisは何年も同じような提案をしてきた。しかし支持に大きな変化はなくエクソンはうんざりしていたのだと思う」という。「最低投票数に達しない提案を繰り返し出すことを禁止している規則に違反している」、というのがエクソンの訴訟における主張であり、けっして「株主提案をしたから」訴訟をしたわけではない、とみている人もいる。

今回エクソンの恨みは深そうだ。エクソンは株主が提案を取り下げた後も訴訟を取り下げていない。カルパースはここ数ヶ月エクソンと話し合ってきたようで、もし株主提案に問題があると考えるのであれば訴訟ではなくSECに取り下げの許可を求めるべきだと、上記の意見書でも述べている。5月上旬、カルパースはエクソンのダレン・ウッズCEOの再選に反対すると報じられた。しかし最終的に全取締役に反対することとなった。「2つの小規模株主グループは、長期的な投資収益に対する深刻な脅威である気候変動に対する追加措置を求めている。そのような株主に対し、無謀な行為をしているCEOを許しているのは取締役会だ」というのがその理由だ。ノルウェーの投資家団体のA氏も「エクソンの行動は少数株主の権利に対する大きな脅威だ。規制が気に入らないなら、規制当局に訴えるべきだ」という意見を持っている。

しかしロンドンの投資家の株主総会関連情報を提供する有識者であるB氏は「エクソンは数年前のアクティビスト、エンジンNo1によるキャンペーンのことが念頭にあって、今回徹底的に戦う姿勢にでているのではないか?」とみている。「とはいえ、今回の相手は社会活動家であることは、とても残念だ」と指摘する。エンジンNo1は2021年、わずか0.02%の議決権しか保有していないのにもかかわらずエクソンの四人の取締役を交代させるキャンペーンで注目を集めた。エンジンNo1はこれによって経営者と協力することが目的であり、この投資手法を「アクティブ・オーナーシップ」だ、と説明していた。2020年12月にまずエクソンのROCEが低いことを指摘、それは数十年にわたる気候変動対策の遅れに起因しているとして自らも四人の取締役候補を立てた。これをカルパースをはじめとする米国3大年金基金が支持し、最終的に3名が当選した。カルパースは今「自らもかつて支持した取締役は、CEOの暴挙を許している」と非難している。B氏は「今覚えばあのエンジンNo1はアンチESGに火をつけたかもしれない。しかし今回の、特にFollow ThisはEngine No1のような団体ではない」という。

 

論点はCEO/取締役会の、気候変動への対応か、株主に対する対応か?

経営者の気候変動問題への対応を重視する北欧の年金基金C氏は、カルパースを支持するという。「現在のエクソンの取締役会は適切な意思決定を行っていない。ESG イニシアチブに反撃するのではなく、変化する気候環境下でビジネスの持続可能性を向上させる方法を検討する必要がある」と考えている。これはカルパースよりも、提案を取り下げたFollow ThisとArjuna Capitalの意見に近いかもしれない。エクソンに対するプロキシーボーティングをもつアセットオーナーD氏もC氏と似た理由でカルパースの意見に賛成している。しかし議決権をどのように行使するかは今議論をしているところだそうだ。

一方ロンドンのESGに力をいれるアセットマネージャーE氏は「訴訟を起こすなど、時間や資金の有効な使い方ではない。とても政治的な動きだ」と呆れている。マレーシアのESGアナリストF氏は「カルパースの取締役全員に反対票を投じると言う行動に賛成する。エクソンの行為は馬鹿げている。今後奨励されるべきではない。多くの他の投資家も追随することを願っている」と述べる。いずれも法的な措置に出たこと自体を、CEOや取締役の行動として非難している。シンガポールの共同エンゲージメントを行う投資家団体の代表G氏は「これは株主の権利の問題だ。企業が法廷を利用して議論を攻撃的に封じ込めようとするのは適切ではない。投資家はこのような動きにシグナルを送る必要がある」と述べる。

そのような中、ある欧州の銀行子会社である運用会社のH氏は「カルパースであれば、このような発言が可能だが、他の機関投資家がこれほど勇気を持って発言できるかは懐疑的だ」という。「年金基金はこの資産運用のチェーンの終点にあって、年金受給者に奉仕をすればよいだけだ。しかし他の金融機関はビジネスに対する影響を心配する必要がある」

 

今機関投資家は、株主の権利と責任のために、なんらかの意思を示す時ではないだろうか。

エクソンの株主総会は5月29日に開催される。グローバルの機関投資家がどのような行動を示すか、注目したいと思う。