投函者(三井千絵)

Prius

プリウスはかつてはエコカーの代名詞であった

トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は5月10日、6月14日に予定している株主総会にあたり、北欧の機関投資家3団体から株主提案を受けており、取締役会はそれに反対することを決議したと発表した。トヨタの発表資料によると、提案内容は「定款の一部変更の件(気候変動関連の渉外活動が及ぼす当社への影響とパリ協定の目標との整合性に関する評価及び年次報告書の作成)」である。これは2023年6月期に開催される株主総会で、機関投資家が行った気候変動に関する株主提案としてはJ-Powerに続き2件目となる。

2020年から、日本企業に対しても行われるようになった”気候変動に対する対応を求める株主提案”は、当初環境NGOが主導して行われた。NGOであっても機関投資家であっても、他の株主に諮る以上、最終的には求める対応が株主価値の向上につながるのかどうかが問われるだろう。しかし機関投資家が提案するということは、気候変動対策に注力して活動するNGOの場合より、その意味合いはより強くなるだろう。

 

定款変更の株主提案

気候変動に関する株主提案の多くは、パリ協定や2050年カーボンニュートラル実現とストラテジーやシナリオを整合させることを求め、次にその成果などを定期的に開示することを”定款上で規定する”よう「定款変更を提案」するものが多い。これに対し、日本では企業のみならず機関投資家も「定款にそのようなことを書くのか?」と、違和感を示す場合がある。日本の定款は、本店の所在地、発行可能株式総数、また株主総会の基準日や開催時の議長など最低限必要な、オペレーショナルな規定がほとんどだが、海外で定款にあたるCorporate Articleはもっと様々なものが記載されているケース(参考)がある。そして日本の定款は株主総会でなければ変更できず、その賛成比率も2/3が必要であるなどハードルが高い。その為最低限の記載だけになりがちだが、会社法では記載内容は制限されておらず、気候変動に対する対応を書くことは妨げられていない。従ってこのような提案を株主が行うことも、可決されればそれに従い定款を変更することも問題はない。ただし会社が反対した場合可決へのハードルは高く、株主もはじめから可決だけを目指すわけではなく、株主の意見を聞く場とするために提出することもある。一方同じようにESGに考慮している機関投資家でも、日本では定款にこのような内容を記載することになじめず賛成できなかったり、また「可決をはじめから目指さない」ことに違和感を感じるケースもある。

 

変わった提案

北欧の3機関投資家がトヨタに提出した株主提案はこれまで日本で見たことがないものだ。トヨタの発表資料によると、提案理由は①トヨタが行っている気候変動問題に関する渉外活動と、②その成果を開示することを求めている。その開示には”機密情報は省略することができる”とし、更に”合理的な費用”で開示を行うこととある。その開示には、「パリ協定の目標及び2050年カーボンニュートラル実現という目標と整合しない活動の概要及び是正策の記載」を求めているが、ここで興味深いのは”渉外活動の開示”だ。提案者はトヨタが顧客を含めたステークホルダーに理解されることを期待している。そして定款変更を求めながら、具体的な記載箇所などはトヨタに一任している。

トヨタが発表を行った5月10日、この件はほとんど報道されなかった。この提案内容は、少しわかりづらかったかもしれない。提案に対しトヨタは、渉外活動の開示は行っていると主張している。専用のレポートを発行し、経団連の中で委員会の発足に貢献しそこでカーボンニュートラルについて議論をしていること、その委員会では政府や行政とも対話していること、海外でも米国カリフォルニア州大気自然局(CARB)や米国議会に脱炭素に貢献する政策を支持するレターを送ったこと、中国でも北京冬季五輪にFCEVの提供を行ったこと、2024 年のパリ五輪でも100%電動車を提供する予定であることなどを挙げている。そして提案株主をはじめとする機関投資家や環境NGOと、今後も対話をしていきたいと述べている。

 

提案株主の考え – 「トヨタは日本経済そのものである」

提案を行った機関投資家の1つであるオランダのAPGは、自身がこの株主提案を行った理由を説明する資料を作成し、求める他の投資家・株主に配布している。

その資料によると、APGが今回の株主提案を行った動機は、トヨタに気候変動影響に関するレピュテーションや業績リスクを軽減しビジネスのトランジッションを促進して欲しいというものだ。パリ協定の目標との整合性だけではなく、規制当局を含めた関連団体への渉外活動をもっと説明することが、そのリスクを軽減すると考えている。

このAPGの説明は興味深い。APGはトヨタがパリ協定と整合性のある戦略がないとか、渉外活動をしていないと思っているわけではないようだ。ただその説明は決して十分ではないと考えている。まず資料の3ページ目には“ガソリン車禁止に疑問を呈した”とトヨタを非難する記事と、トヨタがTCFDに加盟し、2050年までのネットゼロ達成をコミットしたという開示と対比させている。続けて、グリーンピースはトヨタが気候変動政策を阻止する渉外活動を行い、各国の政府へ圧力をかけ、EVへ移行を阻止していると訴えている活動を紹介している。そしてその次に何ページも、「トヨタはフランスのマクロン大統領に非公式の会合でハイブリッド車の使用を延長するよう要請した」といった記事の切り抜きを紹介している。いくつもいくつも続く記事からは、1990年代にハイブリッドカーを生み出し気候変動対策のリーダーだったトヨタが、いまは逆に気候変動対策に対応できず、世界の脱炭素化の敵であるかのようにマスコミに取り上げられている様子を伝えている。そして最後に、トヨタに対しておきている排ガスをめぐる集団訴訟に関する記事も紹介している。

そして最後のスライドでAPGは、“トヨタは日本経済そのものである”と述べている。世界最大の自動車メーカーとして、業界全体の脱炭素化を推進するために重要な役割を担うことができる、自動車のサプライチェーンの裾野は広く、日本の製造業と経済をリードしていると述べ、だからこそAPGはトヨタが業界団体、規制当局、サプライチェーンに対し主導的に関与することは、日本経済の脱炭素化だけでなく、日本のサステナブルな経済成長と雇用創出にとっても重要であると訴えている。そして残念ながら一部の関連会社で排出量の虚偽表示問題が生じた、トヨタは今その取り組みと戦略に対する投資家の信頼を回復して欲しいといい、自分たちの提案に基づいてサステナビリティに関する開示の透明性を強化して欲しいと結んでいる。

 

全ての株主に考える機会を

APGの資料では、そこで紹介している記事などが述べているように、トヨタが脱炭素に逆行する活動をしている・・・とは一切言っていない。透明性を高め、“取り組みや戦略に対し投資家の信頼を回復して欲しい”と言っているということは、取り組みそのものはある程度評価をしているようにみえる。

ある外資系のESGアナリストは、「この提案は反対しづらいのではないか」と感じている。「機密情報は省略できる」としているからだ。また、一度変更すると再変更が難しい定款に、気候変動に対する具体的な活動を書き込むことが相応しくないと考える投資家であっても「条数等の記載箇所を一任」している提案にまでは、反対する必要はないかもしれない。逆にトヨタをEVへの移行に消極的と捉え、この提案では弱いと考える投資家もいるかもしれない。それであっても、透明性の向上に反対までする理由はない、とみることもできる。

このような要請をエンゲージメントだけではなく、株主提案として行うことについては、この数年徐々に日本社会でも認知されている。株主提案で重要なことを要請するという手段は、株主総会の目的に振り返れば、すべての株主の意見を聞くことができ、かつ定款に記載されれば取締役会は必ず守らなければならないという点で理にかなっている。

今回のAPGの提案にトヨタの他の株主はどのように答えるだろうか。この提案はよく考える価値がある。まずはこの提案が世の中に広く知られる必要があるだろう。

 

 

今回の執筆にあたり、APGの担当者から次のようなメッセージをいただきました。

We appreciate the new management of Toyota because they put this as a shareholder resolution at the AGM (i.e. no rejection of our proposal).

They are now open for discussions with shareholders in public, and we see this is a progress that Toyota considers climate risk to their business seriously.

トヨタの新経営陣がこれを株主総会の株主決議として取り上げてくれたこと(つまり、私たちの提案を拒否しなかったこと)に感謝します。

現在、株主との公開討論が開かれており、これはトヨタが自社の事業に対する気候変動リスクを真剣に考慮している進歩であると私たちは見ています。