投函者(三井千絵)

  日本でも2つのコードが導入され、そろそろ1年になろうとしている。企業のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)への対応については、東証への提出書類であるCG報告書への記載が義務付けられている。しかし企業開示に関しては、複数似たような書類があり、企業も投資家も負担になっているといった点が、その前のスチュワードシップ・コード導入時から指摘されていた。コードの効果を高めるためには、効果的な企業開示は重要なはずだ。この点について、コードの先行導入国から学ぶことがないかと英国事例について調査を行った。(ヒアリングは2016年1月時点)英国の施策を知ることは、先行するプラクティスとして参考になるだけでなく、英国の投資家が企業に求める対応が反映しているなら、日本企業にとっても投資家との対話に役立つだろう。

 

1.英国FRCによる両コードに関する活動

英国のCGコードは、前身となったコードや、議論の始まりとなった報告書を含めると92年からの歴史があるが、2010年にFRC(Financial Reporting Council: 英国で企業開示について担当するレギュレーター)によってCGコードとして改訂され、現在の構成になった。同じ年にFRCはスチュワードシップ・コードも最初のバージョンを発表し、それ以来、両コードの適用の状況分析と課題提起を行うレポートを毎年発行している。このレポートは、現状や次の課題を関係者と共有することを目的としており、2つのコードがお互いに機能するべきであることも明示されている。

FRCは投資家が企業をモニターすることによって、企業がガバナンス、及び企業価値を向上させるというメカニズムを重視している。特に「2つのコードが効果を発揮するのには、スチュワードシップ・コードがキーとなる」と捉え、両コードを提供し始めた直後からAnnual Reportの改善にも取り組んでいる。投資家にとって有効な情報を企業が的確に示せるように記載コンテンツの体系の整備し、各種ガイドラインを発行している。

またFRCは、2011年にはFinancial reporting Labというプロジェクトを設置した。企業と投資家が参加し、企業開示の各課題をとりあげ、グッドプラクティスを議論する。テーマとして取り上げられる課題は財務から非財務まで幅広い。Operating and investing cash flowsがテーマになったかと思えば、Audit Committeesについて議論することもある。それぞれ投資家が何を知りたいと考え、現状ではどのように理解されているか等を共有している。昨年はDividends policyの開示について取り上げられていた。

 

2.英国の法定開示要件

英国ではAnnual reportとは法定開示書類である年次報告書にあたる。(任意発行書類ではない)株主総会前に発行され、英国の投資家は「これ一冊で、株主総会(議決権行使)に必要な情報は基本的に取得できる」と言う。書式は自由だと思われがちだが、CGコードや、会社法において、年次報告書への記載要件は定められている。FRCではそれらを整理し、2013年に5つのセクションからなる体系を、そのガイダンスの中で示した。(”Guidance on the Strategic report” June 2014発行, P10参照)これによると、Annual reportは基本的に次の5つのセクションで構成されなければならない。

  • Strategic report
  • Corporate governance report
  • Remuneration report
  • Financial statements
  • Director’s report

それぞれ上場企業か非上場企業かで、求められる開示要件は異なっているが、それぞれのセクションのobjectiveはガイダンスの中で、FRCによって整理されている。

この中の一つ、Strategic reportは、2013年に追加されたセクションだが、これは主に事業について、株主が知るべき情報を説明することが求められている。当然事業の紹介ではなく、その評価、主に業績について包括的な分析が求められ、また基本的なリスクや、対処すべき課題も開示必須事項として明示されている。

 

3.FRCの企業開示への取り組みとその背景

FRCのAnnual Report改善への努力は続いており、2016年は、Viability statement(マネジメントによる企業の存続可能性と事業戦略、向こう2,3年を見通したゴーイングコンサーンの説明)が、Strategic reportの中に追加される予定になっている。これは2015年1月以降始まった決算期の報告から記載が義務付けられるため、Viability statementが含まれるAnnual reportの提出はまだ始まったばかりで、評価はこれからである。一見、有価証券報告書の中の第2章「事業の状況」に「財政状態、経営成績およびキャッシュフローの状況の分析」と位置づけが近いようにも見えるが、どのような記載になるのだろうか。

ところで英国では、投資家に注目される上位の企業は、当然FRCによって整理される前から、前述したようなコンテンツの開示を十分にAnnual report上で行っていた。FRCで改めて体系化を行う意味は、「すべての上場企業に対して明確に開示することを求めた」点にあると言える。FRCは企業のガバナンス・企業価値向上に投資家の関与を求めている一方、多くの企業が、全ての投資家と対話をするのは現実的ではないことから、パブリックな開示には意味があると考えている。つまり、このような開示の改善は、投資家がより多くの企業との対話が可能となるよう、情報収集を容易にするための環境整備と捉えることができる。

 

4.非財務情報の記載の改善“Clear & Concise”

昨年12月、FRCはClear & Conciseというレポートを発行した。非財務情報を明確に、簡潔に書きましょう、というガイダンスだ。冒頭には企業に向けて、「レポートとは読み手とのコミュニケーションであり、このガイダンスが求めているのは簡略化ではなく、MaterialityやRelevanceな面の向上」、と示されている。Relevanceという言葉の意味や重さを正確に理解するのは難しいが、このガイダンスではそれを以下のようにわかりやすく説明している。ストラテジーは、”ビジネスモデルやリスクと整合性のとれたものであること”。役員報酬は、”財務状況やKPIを反映したものであること”。KPIは、”ストラテジーや財務状況と整合していること”等、図表を使って、丁寧に解説している。

Clear & Conciseの発行を、英国の投資家はおおむね歓迎しており、「小さな企業にとっても、何をレポートに書くべきかがわかりやすくなったのではないか」と好印象だ。一方FRCでは「企業は次のアニュアルレポート発行準備に着手するまで見ない」と、1月末時点では企業からの反応はまだ得ていなかった。企業側のガバナンス支援サービス者からは「たしかにガイダンスはわかりやすいが、そもそもコードだけで企業がなぜこのような開示が重要なのかを理解するのは難しい。次にFRCが取り組む予定の“Corporate cultureの変革”に期待している」とった意見が聞かれた。

FRCは2016年からの新しい取り組みとして“Culture”をあげている。これも実際どのような活動が行われるかは始まってからとなるが、企業理念と訳すべきか、企業風土と訳すべきか、コードという形で外から与えられるだけではなく、企業が自らあり方を考えるなんらかの取り組みを行うようだ。

 

5.開示の一元化への取り組み

英国という国は、開示書類の一元化への意識が高い。そもそもAnnual reportで、会社法とCGコードが求めるものをFRCであわせて整理し体系化したように、“年次報告書はひとつ”という意思が働いているように感じる。この2013年のStrategic reportの追加は、国内では「年次報告書の統合レポート化」と捉えられている。

統合レポートのフレームワークを策定しているIIRC側でも、「英国では2013年に統合レポートが全社に適用された」という表現を見ることができる。Clear &Conciseは、IIRCのフレームワークとは似ていないが、もともとの目的、統合的に考えるという点は同じである、という整理のようだ。

その一方で、FRCは近年の開示媒体の多様化にも気を配っている。Annual reportに記載された内容は、WEBページなどで部分的に表示され、投資家はそこからダウンロードすることもある。このようにコンテンツをそれぞれ分離して扱うことができることから “Digital report”と呼び、その研究も開始した。FRCによると、昨年5月から取り組んでいるDigital reportプロジェクトは、もともとは企業からの要望だったとのことだ。投資家がどのように情報を使っているのか理解したいという声に応え、同業他社や、過去との比較をどのように行うか、モバイル上で必要な情報だけサーチする場合は何が求められるかといったサーベイを行っている。

FRCはAnnual reportというものを中心に据え、投資家と企業の間で必要性があればそれらをすべて取り込んでいくことを考えており、他の書類を別に作るという発想は余りないようだ。英国の投資家も「これ一冊で株主総会に立ち向かえる」とAnnual reportを捉えている。もちろん少数の企業にゆっくりと時間をかけて投資する場合は、このような開示制度の整備の必要性は低いかもしれない。同様にトップレベルの企業は、これに留まることなく、もっと充実した開示を自主的に行っているだろう。ただCGコードを義務化した背景が全ての企業がその価値を投資家に知られるチャンスを作ることであれば、こういった取り組みが効果的必要なのだろう。

 

CGコードが、全企業を底上げするために導入されているのは日本も同じである。英国FRCの取り組みには、日本の開示制度にとっても一考に値するものが多く含まれるだろうし、日本企業にとっては、英国投資家が企業に求めていることを知るきっかけになるのではないだろうか。