投稿者(三井千絵)

2014年に策定された「日本版スチュワードシップ・コード(以下、コード)」は、当初より3年目に改定することを定めていた。そのため金融庁は、2017年に入ってから有識者会議を設置し、年度末までのわずか3カ月で改定のための議論を行った。その中で論点は一通り挙げられていたが、どちらかというと個別具体的な対応に関するものが多い。一方、コードが目指したそもそもの目的に対する達成度のレビュー、コード自体の方向性や効果の検証などは十分であったのだろうか。

そこで、資産運用会社のファンドマネージャー、アナリスト、スチュワードシップ活動のために新しく設置された部署等で実務にあたる担当者などに、改めてこの3年間を振り返って感じていること、今後の課題として認識している点、コードを取り巻く環境で改善を望むこと、そして今回の改正議論で焦点となった「議決権行使結果の個別開示」について意見を聞いた。

※今回のヒアリングは、銀行系運用会社、証券会社系運用会社、独立系運用会社2社、その他国内運用会社、信託銀行運用部、外資系2社(投信あり、投信なし)に対して行った。

 

1.コード導入がもたらした変化と次なる課題

――周囲の理解の変化とアセット・オーナーの関わりという課題――

スチュワードシップ・コードは今から約3年前2014年2月に導入されたが、導入のための議論が僅か半年という短期間であったこともあり、導入の決定がなされた際には、先行して導入した英国の関係者などから、浸透のための時間の必要性が指摘されていた。しかし今回のヒアリングでは、運用会社については、コードの導入前からPRIに署名していたことや一部のアセット・オーナーの要望もあり、議決権行使やエンゲージメント、ESGに関する取り組みを行っていたため、体制整備や人員拡充はなされたものの、コード導入によって新しく始めたことはそれほど多くなかった、といった回答が聞かれた。

 

コード導入によって新たに対応を迫られたこととしては、ほぼ全員が「アセット・オーナーが説明を求めるようになり、(また原則6で顧客・受益者に対する定期的な報告が求められている為)、エンゲージメント等の際に記録をつけるようになったこと」を挙げている。この記録をつけ報告するというプロセスは非常に手間がかかり、その結果、エンゲージメントの時間が圧迫されるというジレンマを現在は抱えているという。

 

コードの導入によって大きく変わったこととしては「社内における反応」という回答が多く、「社内の”理解”が得やすくなった」という声が何人かから聞かれた。具体的には「以前はESGの考慮やPRIの活動について社内の理解を得るのに苦労していたが、コードの導入後は、勉強会の実施や、コードに対応した新しい取り組みの提案がスムーズに受け入れられるようになった」といったものであった。コードへの対応の中でも特に利益相反については、担当者ではなく会社としての考え方を明確にし、取り組む必要がある。そこで、この課題に取り組みやすいように、例えば専門の組織が設置されたり、社内でモニタリング体制など新たな制度が導入されたりといったポジティブな変化があったようだ。

 

一方、「社外」については、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の影響もあり、企業がここ数年で変化していることを強く感じる反面、上述のとおりアセット・オーナーは「報告」こそ求めるようになったものの、今回のヒアリングでは「コストをかけて対応しているのだが、内容についてどこまで関心をもってくれているのか・・・」とフラストレーションを感じている様子もうかがえた。「報告した情報をアセット・オーナーがどのように活用しているのかが見えない」がゆえに報告の効率化を図ることができないことに加え、未だアセット・オーナーに「(運用会社に支払う)フィーは安いほうがいい」というスタンスが残っていることから、スチュワードシップ活動を継続することへの不安が生じ、それが活動の質的向上に向けた取り組みに対する壁となっているようだ。こうした中、「まずは両者(アセット・オーナーと運用会社)が同じ目標をもたないことには対話が始まらない」ということから、多くのアセットオーナーがいまだコードに対し受け入れ表明をしていない現状において「コードでそれぞれの役割分担を明確化するとか、場合によってはアセット・オーナー専用のコードを作ってはどうか」という意見もあった。

 

2.コードをめぐる環境

――圧倒的に足りない議決権行使の議案精査時間とインフラ――

資産運用会社は、少なくとも担当者レベルでは、総じてコードが求める取組みをできるだけ実行したいと、前向きな姿勢を示している。しかし、それを阻む環境上の問題点が複数存在しており、しかも深刻化している。

 

今回のヒアリングでほぼ全員が最初に指摘した問題点が、「議決権行使に関する作業の多さ」と、「賛否の検討に用いることができる時間の短さ」である。比較的若い世代のある担当者は「どうしてもっとシステム化できないのか。単にデータで行使結果を送るとかそういうレベルの話ではなく、議案、開示の各段階を通じ一貫したデータとすることで議決権を誰が保有し誰が行使しているかが一元管理され、しかも行使結果が自動的にアセット・オーナーに共有されるような、社会的なインフラの整備が必要ではないか」と語り、徹底した合理化を求めている。一方、最近よく議論に上る電子行使プラットフォームについては、複数人から「仮に全企業が利用したとしても、作業に費やせる時間が数日増えるだけ。これでは全く不十分であり、圧倒的に時間が足りない状況に変わりはない」旨の厳しい意見が聞かれた。

 

企業がCGコードの求める“総会開催日の分散”を実現しようとする場合、ほぼ全社が総会開催日を「前倒し」する。それによって運用会社の検討日数は更に縮まってしまう。この現象に対し今回ヒアリングしたある担当者は「WEB開示したところをネットで探し、できるところからどんどん先に処理をしている。せめて東証のルールで3週間前WEB開示を義務付けられないのだろうか。ただそれでも全てを対応するには時間がない。海外のように総会が後ろの日程に分散化してくれないと・・・」と嘆く。海外では株主総会は期末日から4~5カ月後に行われる。そして期末日から2~3カ月後には監査済みの年次報告書が提出され、運用会社は議決権行使の判断の根拠となる情報をここから入手する。一方、日本では総会前に有価証券報告書が入手できないため、議決権行使の根拠とする情報の信ぴょう性の確保も運用会社の役割となってしまう。現在は、決算短信の添付書類が有価証券報告書の代わりにその役割を果たしているだけに、今年の3月末決算企業からはじまる“決算短信簡素化”も運用会社にとっては不安要素である。今回のヒアリングでも「議決権行使条件のいくつかがBSやPLから取得する情報に基づいている。決算短信簡素化によって財務諸表本表を提出しなかった企業については、行使条件がそろわない」との懸念も聞かれた。

 

企業の開示情報のインフラに対する課題も話題に上った。具体的には、「長期投資を奨励するのであれば過去20年、30年にわたって有価証券報告書がいつでも入手できる環境を社会インフラとして整えるべきではないか」といった意見があがった。現在金融庁が提供する有価証券報告書検索システムの保存期間は5年に過ぎない。民間の情報ベンダーにはもっと長い期間を対象にしたデータベースもあり、企業のIRサイトに過去10年分ほどの有価証券報告書を掲載しているケースもあるが、公的なサイトに金融庁が受領したオリジナルの有価証券報告書が全社にわたって掲載されていることは、本来は望ましいといえる。

 

スチュワードシップ・コード導入後に海外の運用会社から取り組みを促されているコレクティブエンゲージメントについては、規模が小さい、あるいはパッシブ運用を採用しているため単独で十分なエンゲージメントをこなすのが困難であるとか、保有割合が少ないので企業に対する効果が弱いといった理由で前向きな運用会社もある。ただ、今回のヒアリングでは、コレクティブエンゲージメントに取り組むための条件として、「コレクティブエンゲージメントを安全に行う法整備」等を望む声が聞かれた。一方で、基本的にはアセットマネージャー同士は競争関係にあることから、「アセット・オーナーの積極的な関わりがなければ有効なコレクティブエンゲージメントの実現は難しいのではないか」という意見もあった。一般に、コレクティブエンゲージメントはアセット・オーナーがある一定の意見(たとえば環境に対する取り組み等)を企業に対し主張する場合に効果があると理解されており、この点からも説得力のある意見だと言えよう。

 

3.議決権行使結果の個別開示は是か非か?――真にコードが求めることとは――

今回のコード改正では、金融庁は議決権行使結果の個別開示に力を入れている。その背景にあるのが「利益相反」の問題だ。この解決するためには、議決権行使結果の個別開示が有効であるというのが金融庁の認識である。しかし運用会社の担当者は様々な捉え方をしているようだ。

 

議決権行使結果の個別開示を利益相反の防止策とすることについては、“消極的賛成派”と“積極的反対派”の二つが存在している。消極的賛成派は、議決権行使結果の個別開示がコードで言及されることは「個別開示を行うことで利益相反がないことを証明できる」という点で“良いこと”と考えている。これが“消極的”であるゆえんは、個別開示に賛成はしつつも、その一方で「対話があった上での行使結果なのに、結果だけが公表されると誤解が生まれる危険性がある」「第三者によるあら探しが始まる」「間違い探しを恐れるあまり、行使条件がボックスチェッキング的になる恐れがある」といった懸念も持っていることにある。これに対し“積極的反対”があげるのは、まずは「議決権行使結果を個別開示するだけでは利益相反への対応処について説明責任を果たしたとはいえないのではないか…」という点だ。利益相反の問題は会社としてしっかり仕組みづくりを行い、それを説明するべきではないかと考えている。また「今はまず企業との対話に力を入れるべき。議決権行使は最後の手段なので、それを公開開示することはエンゲージメントをすることにならない。必要なことは対話で伝え、タイミングにあわせて当該企業に対し伝えればよい」と、企業との対話を重視する観点からの反対意見のほか、「公開開示は受益者に対してメリットになるのだろうか?“投信があるなら個別開示するべきだ”という意見も聞くが、それは投信の受益者全体に届けることが難しいから公開する、という意味だろうか?本来はクライアントだけに報告するべきではないだろうか」といった受益者重視の視点に立った意見もあった。そしてアクティブ運用のみを行っている運用会社の場合は、議決権行使の個別開示はすなわち保有株の公開につながってしまうという点から、対応が困難のようだ。

 

このほか、利益相反対策とは別の観点で、個別開示に強く賛成する声も聞かれた。「日本企業では、たとえ反対票が多くても持ち合い株もあるため議案が否決される恐れはほとんどないが、議決権行使結果が公開開示されるとなれば、企業も反対票について真剣に受け止めるようになるのではないか」という意見だ。

 

いずれも重要な指摘である。これらの議論を深めていくには「コードはそもそも何を求めるのか」という点を追求することになるだろう。そしてコードが求めるものに対し、より深く考えていくことによって、さらに良い答えが見つかるかもしれない。そのためにはもしかしたらコード本体には、“個別開示”のような、具体的な手段は記載しないほうが良いのかもしれない。

 

4.英国のこれまでの取り組みと、投資家等関係者の意見

ーーアセットオーナーによる個別開示や更なるコードへの関わりを求めた議論ーー

最後に、2010年に現在の形のスチュワードシップ・コードを導入し、2012年に最初の改定を行った英国の投資家、FRCなどの関係者が当時どのように考えていたか、アセット・オーナーのスチュワードシップ活動への関わりについてどのような議論を行ってきたかについて、現地当事者にヒアリングを行った。

実は英国でも、最初の改定の時、議決権行使結果の個別開示のコードへの記載有無について検討する機会があったそうだ。ただその意図や背景は日本とは少し異なっていたようである。「英国で最初に議決権行使結果の個別開示を始めたのはおそらく自分だったかもしれない」というあるアセット・オーナー(当時)は、「日本のアクティブ運用の意見もわかるが、自分の場合は委託先アセットマネージャーの分もまとめて行使結果を開示していたため、個別開示で個々のアセットマネージャーの保有状況がわかるということはなかった」という。「ただ、行使結果の開示だけだとそれまでに企業と投資家の間で行われた議論の過程がわからないため、ジャーナリストが結果だけを見ておかしな解釈で記事を書くことが時々あった。でもそういった“話題”があっても良いのではないか」と寛容な考え方だ。行使結果の個別開示については「企業はだれが議決権を持っているか知る権利がある」という英国会社法の在り方に基づいているようだ。企業への配慮として、開示の時期を遅らせ事前に企業と対話できるようにしたそうだ。同じく早い時期から議決権行使結果の個別開示を行っていたある大型運用会社のガバナンス担当者は「開示しているが誰も見に来ない」という。それでも開示している理由としては、「自分たちには公的な役割がある」と考えるからだ。一方ある投資家団体の代表は「ただ個別開示する、というだけであればある意味イージーだ。だが、アセット・オーナーは行使結果の開示に何を期待するかをクリアにするべきだと思う。たとえば重大な議案の場合にのみ行使結果を開示するとか、色々な方法があると思う。ただ開示するだけだと、誰も見なくなってしまう」という。一方利益相反については、「どのようにコンフリクトを避けるのかを論理的に説明するべきだ」という。しかしこれについては英国でも簡単ではないようで、「(利益相反の管理方法については)何かプラクティスが必要かもしれない」と指摘する。

アセット・オーナーのスチュワードシップ・コードへの関わりは、英国でも簡単ではないようだ。一昨年のコンサルテーションでは、“中小の年金基金には対応が難しい”という配慮から、年金基金のスチュワードシップ・コードへの対応(Comply/Explain)の義務化は見送られた。しかし、今年策定されるEUの株主の権利に関する指令では、エンドユーザーへのフィデュシャリー・デューティ(受託者責任)という面から年金基金への“強制適用”が求められている。つまり“従業員の将来の資産に対する責任から年金基金はスチュワードシップ活動に取り組む必要がある”ということだ。但し、EU離脱が決まったUKの今後の対応は現時点ではわかっていない。「UKでは最初の改定の時、議論はアセット・オーナーとアセットマネージャーの責任の違いにシフトしていった。しかし、改定版も最終的にこの違いは取り扱わなかったため、今日における世界各国のスチュワードシップ・コードでもこの違いを言及しないことにつながってしまったのかもしれない」と、あるアセットマネージャーは振り返る。

 

5.より良いコードを目指して

議決権行使結果の個別開示を巡って様々な議論が行われたことから、これが今回のコード改正における議論のテーマとなったこと自体は良かったのではないだろうか。ただもうひとつ、コードの初めての改正という中で、プライオリティ付けとしてはどうだったのか、という疑問が残る。

 

アセットマネージャーがコードの求める活動を実行しその質を高めるためには、周囲の理解、とりわけクライアントであるアセット・オーナーの理解が必須である。しかし、アセット・オーナーのコードへの関わりは、まだ入口に立ったところといえる。企業年金連合会では、セミナーやラウンドテーブルなど数々の取り組みを行っているが、コード受け入れに興味を示す企業年金基金はまだまだ少数だ。そのような中、母体企業の株主総会議案に反対するという委託先運用会社の判断を企業年金が冷静に受け止め、理解することができるのかどうかは、避けて通れない重要な問題である。ヒアリングでは「今回はアセット・オーナーが受け入れやすいコードを考えることも重要事項だったのでは?」、「アセット・オーナーとアセットマネージャーでは役割が異なる。コードでもアセット・オーナーのことを意識した記載を行うか、場合によってそれぞれ別のバージョンを用意することで何はともあれ受け入れてもらった上で、そこから対話を行うべきなのでは」といった意見も聞かれた。これらは前述の英国のアセットマネージャーの思いともつながる。

 

英国でスチュワードシップ・コードが広く受け入れられた背景のひとつとして、年金法によりアセット・オーナーの投資先企業に対するESG要素のモニターが求められたという点が指摘されることがあるといわれている。アセット・オーナーの理解は急務であり、そのための“仕掛け”が必要だ。また、上述したように、議決権行使における実務の問題、情報開示のインフラ改善など多くの課題がある中で効果的なエンゲージメントを実現するために、コレクティブエンゲージメントの意義についての議論も重要となる。

 

今回の改定を経ても、日本におけるコードに関する議論はまだまだ入口に立ったところと言えるのではないだろうか。コードは何を目指し、運用会社やアセット・オーナーには何が求められるかについて、引き続き当事者が中心となって議論を続けていくことが強く求められるのではないか。