投函者(三井千絵)

 

減損見送り?

4月3日、日経新聞の一面に次のような記事が掲載され、投資家やアナリストを驚かせた。「店舗・工場の減損見送り 金融庁など新型コロナに対応

記事には次のように書かれていた。「金融庁や日本公認会計士協会などは新型コロナウイルスの感染拡大に伴う需要の急減を受け、企業がただちに工場や店舗の資産価値の切り下げを迫られないようにする方針だ。日本の会計基準では資産価値が取得時より大きく下がれば減損処理しなければならないが、企業や監査法人が柔軟に判断できるようにする。会計ルールの適用を弾力化することでコロナに伴う業績悪化を和らげる。」同日英語版がNikkei Asian Reviewに配信されていた。

記事は続けて、金融庁は公認会計士協会や東京証券取引所、経団連、全国銀行協会などと対策協議会(金融庁HPでは連絡協議会)を立ち上げたこと、会計基準は見直さないが、現行のルールを弾力的に適用できるよう認識を擦り合わせることを伝えた。

 

同日、公認会計士協会は、日経の報道は協会から発したものではなく、報道について協会が事前に承知していたものでもないとのコメントをホームページに掲載したが、記事にあった”連絡協議会”は設置されている。(金融庁、4月3日公表)。

“減損のルールを弾力的にする”、とはどういうことで、それは果たして企業や市場にとって良い方法なのだろうか。日経の記事では「それ(大幅な減損)によってゴーイングコンサーンの注記がつけば、クレジットレーティングで格下げになり、融資を受けにくくなる」と述べている。しかし新型コロナウイルスは世界中で影響を与えている。日本だけが違う方式になれば、健全な企業も含めて全ての企業が疑惑をもたれる恐れがあるのでは無いだろうか。

 

評価はかえって困難に?

4月3日の朝から、報道について自然とメールや電話で意見交換がはじまった。そこでこの記事について投資家がどう考えているかをまとめてみた。意見交換は個々に電話やメールで行ったが、アクティブ運用、ヘッジファンド、責任投資、セルサイドアナリストの5名が応じてくれた。(4月4日現在)

 

「非常に村社会的な発想と言えるのではないか」とある責任投資部門で企業とガバナンスの対話や議決権行使に責任をもつA氏は言う。日本国内だけが受けたわけではないグローバルな災害に対し、日本国内だけで議論をしていることに強い懸念を示した。こうした議論が海外の投資家からどうみえるか考える必要がある、と指摘する。それに、結局売り上げやキャッシュフローは変えられない。

ヘッジファンドのB氏は「このような理由で、会計処理を変えることは絶対にして欲しくない」と言う。そもそも実際売り上げが落ちていている時に減損を緩和することに、それほど意味があるのだろうか、と疑問を投げかける。売り上げが今後も落ちることが予想されるのに、資産価値への反映に恣意的な配慮をしてしまうと、指標等で歪みが生じたり、過去との継続的な比較が難しくなる。

また、A氏とB氏は、立場は異なるがいずれも同じ点を指摘した「減損はネガティブなのか。現状を正しく伝えるだけではないのか」。

海外のヘッジファンドで働くC氏はBPSを重視している。そのため「減損の判断を恣意的にされるのは非常に問題だ」と不安を隠さない。「資産価値からみて、割安だと思っていたものが実は違うということになると、運用に影響する」と言う。

 

事業を支えるのは別の方法で

セルサイドアナリストのD氏は「会計は企業の実態を忠実に反映するものであり、状態が良い時も悪い時もそれを表しているという信頼が無ければ、金融は機能しない」と述べる。クレジットにおける一時的な問題を解決したいのであれば、このように数字をいじるのではなく、政府保証をつけるなどして銀行の融資条件を緩和すべきだ、とD氏は言う。これについては記事によると、「融資先の企業が最終赤字や債務超過などに陥った際に借入金の一括返済などを求める「コベナンツ条項」を締結している場合でも、この条項をすぐに発動しないように金融庁は金融機関に要請する方向」と書かれている。

とはいえ、今短期の流動資金を必要としている企業は相当数あるだろう。「何もなければ事業が継続するはずの企業へは個人的にはどんどん運転資金を供給してあげて欲しいと思う。政府に言われなくても銀行の社会的責任としてできると良いのだが・・・」、という声も複数聞かれた。

 

コロナの影響なのか?そうでないのか?

ある会計士は「この協議会は必要だろう。今は将来の見通しがたたず、減損すべきかどうかの判断が、企業だけではなく担当会計士も非常に難しいのが実情ではないだろうか」と言う。

しかし、アクティブ運用のE氏は「こんな風に考えることはできないのだろうか」と、あくまでも“考え方”として「仮に2年後には経済が正常になって需要が戻りキャッシュフローも以前と同じ水準に回復するとおき、1年後はその半分ぐらいという前提で現在価値を再計算して、簿価を下回っていないのであれは、減損不要と判断することもできるのでは。一方、急落した原油などコモディーの場合は長期収斂価格も下方修正が必要となるので、減損は免れないだろう」と話した。

たとえ難しくても、企業の経営者がそうであるように、投資家もどんな時も見通しを持たなければならない。そして少なくとも、コロナの影響なのか、それ以外の問題があったのかは知りたい、というのが投資家の意見と言えるだろう。

 

会計の役割

今回の影響がどの程度長期化するかどうか、社会構造を変えるほどになるかどうかまで織り込むかによって判断は異なるが、投資家はいずれにせよ、ある程度の資産価値の低下は既に予想している。したがってマネジメントがどのように将来の前提を置いているかを知りたいと、前述のC氏は強調する。

会計は物差しであり、何があっても1メートルは1メートルであるように、測定は常に一定でなければその役割を果たせない。新型コロナウイルスの問題は、社会的な問題であり、会計になんらかの手を加えるのではなく、会計以外の開示(説明)や、直接的な支援で解決することが望ましい。より正確な状況がわからなければ、何も始まらない。新しい協議会の議論が、市場の信頼を高めるものとなることを願っている。