投函者(三井千絵)

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青瓦台は現大統領によって博物館に

年末年始の休暇に筆者はソウルを旅行した。休暇だったが、思いもよらず韓国のサステナビリティ開示の議論を知る機会となった。

 

アジアのサステナビリティ開示と韓国

年末年始のソウルは氷点下が続き、晴天による乾燥でさらに冷え込んでいた。しかしそれは参鶏湯や辛い冷麺などを楽しむにはちょうど良かった。韓国も最近いくつかの国を対象に入国を無条件にしたばかり。街のあちこちで旅行客らしきグループから日本語の会話が聞こえてきた。現地の知人と連絡をとると、ショートノーティスであったのにも関わらず、新年早々時間をとって頂けた。韓国では旧正月を祝うため、既にみな仕事モードで、食事に集まると話題は“ESGの取り組み”となった。

筆者がこの前の夏、アジア各国のサステナビリティ開示の状況を調べた時、一つだけ状況がよくわからなかった国が韓国だった。オーストラリアは早くから金融機関にTCFD開示を事実上義務付けていたが、最近上場企業全体にTCFDに沿った開示の義務づけを導入、シンガポールもその後を追いかけた。マレーシアは2018年からサステナビリティ報告のガイドを発行しこれにTCFDの内容も盛り込んだ。当局がサステナビリティレポートのガイドラインを作成したのは他にもタイ、台湾、インドネシア、香港があげられ、フィリピンもComply or Explain ベースのサステナビリティ報告を2019年から導入、ベトナムも2020年に改訂した企業開示で排出量や水資源の利用などの開示を求めている。しかし韓国についてはなかなか英語の資料が見つからず、比較表に記載するのを諦めた・・・、ということがあった。

 

ESG Discussion in Seoul

食事の席で、韓国の金融関係の人々と乾杯をするより先に話題となったのはサステナビリティ(ESG)開示だった。韓国の金融庁にあたるFinancial Services Commissionでは、現在ボランタリベースのESG開示を求めており、2025年以降2030年に向けて、これを段階的に義務的開示とする予定だそうだ。韓国にもASBJにあたるKASBという組織がありIFRSをコンバージェンスして韓国の財務開示基準をまとめていて、IASBともやり取りをしている。英国、EU、また日本の状況からすると、この組織が何かサステナビリティに関する基準を考えるのか・・・と思いきや、ホームページ(英語版)をみてもなんらそのような記載はない。ISSBのボードには韓国人も一名選出されているが、韓国が2025年から義務化するESGレポートとISSBの基準の関係については、当局はまだ何も決めていないようだ。(注)

一方で韓国FSCは、日本の金融庁がこの夏に発表したようなESGレーティング、データベンダーのためのコードを検討しているそうだ。また韓国証券取引所KOSPIと一緒に、ESG情報プラットホームを構築し、上場企業のESG情報や格付け、サステナビリティレポート、必要な統計情報、制度動向なども提供するとしている。このサイト上でKOSPIはESG情報開示のガイダンスを提供しており、そこでは排出量、エネルギーや水の使用量、廃棄物の排出に関する情報の開示が求めている他、TCFDやGRI、SASBといったグローバルの開示フレームワークも紹介している。しかし韓国企業はいまだ、ESG開示のメリットを見出せず、また投資家側もESGに関するファクターとパフォーマンスの関係を探ることに苦労しているという。

 

英語情報、気候変動への取り組み

・・・以上のように、話を聞いていると、非常に日本の状況に似ている。しかしこの話を帰国後いざ記事に書こうとネットをみても、英語の情報が不足しており、聞いた内容の確認を取ることが困難だった。他のアジア諸国と比べると英語情報がとても少ない、というのは日本もほとんど同じ状況といえる。11月7日に金融庁は、有価証券報告書にサステナビリティ情報を追加する改訂案を発表した際、英語のアナウンスを出さず外国人投資家を当惑させた。もしかすると韓国と日本は、アジア各国で英語情報がないことで競い合う“2大大国”かもしれない。

しかし英語開示についていえば、韓国では現在2024年から一定以上の企業に対し英語開示を義務化する予定だ。11月現在日本企業で有価証券報告書を英訳しEDINETから参照できる企業は40社ほど。金融庁は今こそ日本企業の英語開示の義務化等に力を入れなければ、韓国にも置いていかれることになる。

一方韓国の人々のESGやSDGsへの意識はどうだろうか?一緒に食事をしていたESGアナリストは「妹がこの前テスラを買った。自分もテスラにすればよかった」と話していた。街中ではSDGsの17つのマークを全く見かけず、紙のストローも見なかった。産業界ではエネルギーや自動車など気候変動に影響を受ける産業ではさまざまな取り組みがあり、排出権取引も行われている。1年以上前に61の産業分野をグリーン経済活動としてまとめたK-タクソノミも発表され、その後も継続的に内容を更新するのだそうだ。それでも2022年11月、評価機関ジャーマンウォッチとNGOニュークライメイト研究所が発表する気候政策と履行水準を評価した気候変動パフォーマンス・インデックス(CCPI:Climate Change Performance Index )によると、対象である温室効果ガス排出の90%を占める60カ国の中で韓国は2018年57位、2019年58位、21年60位とジリジリと下がっているそうだ。同年、日本は50位でこちらも肩を並べている。

 

韓国と日本

というわけで、ESGへの取り組みは何を話しても「あ、日本もです」と繰り返すことになったわけだが、そのうち一人が12月に日本を訪問した時のことを話題にした。「プライベートな旅行でずっと銀座で買い物をしていた。私たちは日本にリクイディティを供給したかな?」と言って笑いを誘い、「コロナで長く行けなかった日本に向かう韓国人観光客で、飛行機は満席だった」と言われた時はほろっときた。コロナが開けたらまず日本に行きたいと思ってくれるとは。そしてここでも同じ言葉を繰り返した。「同じです。私が乗った飛行機には韓国でお正月を過ごす日本人で満席でした」

韓国と日本は、アジアの資本市場としては先輩格のはずだ。しかしサステナビリティ開示や気候変動対応、英語開示でどうやらアジアの“優”とはいえない点で共通項が多そうだ。“若い”東南アジア各国の市場に負けずに腰をあげ、サステナビリティ開示や気候変動対策において、もっと取り組みを見せていかなければならないのではないか。お互いの国の“できない理由”や“その克服方法”など参考になる情報があるかもしれない。人の往来も可能になった今、東方の2カ国は手を取り合い、アジアでリーダーシップをとるべく2023年は少し頑張りを見せなければならないところではないだろうか。

 

注)この記事を訪問してくださった方から追加情報をいただきました。

2022年12月、韓国FSCはKorea Sustainability Standard Board(KSSB)の設立を発表、Korea Accounting Instituteの下でサステナビリティ開示基準の開発に責任を追うことを定めたそうです。現時点ではISSBの基準の採用は未確定ですが、国内企業の状況を鑑みながら整合する施策をとっていくと述べているそうです。日本のSSBJと同様のアプローチとみられます。