投函者(三井千絵)

一万人を超えるWebinar視聴者と600頁に近い最終レポート

3月12日、ブリュッセルにある欧州委員会の建物のひとつ、シャルルマール・ビルディングの会議室に、数人のパネリストや開催に携わる関係者だけが集まり、世界中に向けた”カンファレンス”が開催された。これはここ数年欧州委員会が取り組んできた政策、EUサステナブルファイナンスのステークホルダー・ダイアログで、欧州委員会マリオ・パナ氏のオープニングスピーチによると参加募集には「数千人からの応募」があったようだ。このカンファレンスに先立つ3月9日には、過去1年半以上取り組んできたテクニカル・エキスパート・グループ(TEG)による、EUタクソノミの最終報告書が発表される予定で(発表された)、これを元にしたTEGメンバーによるパネルディスカッションがこのカンファレンスのメインだ。12月中旬に合意されたTaxonomy Regulationによって、タクソノミは加盟国に対し法的根拠を得たこともあり、今回のカンファレンスは今まで以上に注目されていた。

しかし新型コロナウイルスの拡大により、欧州委員会も前週にこれをキャンセルする決定を行い、Webinarスタイルに切り替えていた。何名かのパネリストも、Web経由による参加という寂しい会合となったが、実際は一万人を超えるリスナーが接続し、アプリによって受け付けた質問が絶えず参加者同士の対話となる、非常に活発な会議となった。

発表されたばかりのTEGの最終報告書は本体が67ページ、そして別にANNEXとして、何がグリーンかを定義した分類表であるタクソノミ本体が598ページという長大なものとなった。「6月に発表したバージョンと基本的な考え方は変わっていません。変わったのは対象を68セクターに広げたことです」と最初のパネルディスカッションで、モデレーターを務めたEuropean Investment BankからTEGに参加していた女性は強調した。6月末に発表されたバージョンは、CO2に対し大きな影響のある特定の業種だけが選ばれていて、それでも400ページにも及んでいた。今回はその1.5倍のページ数という力作だ。

 

「TaxonomyはTransitionのToolである」

これらのレポートや、カンファレンスでの各パネリストの言葉から、以前より”トランジッション”が強調されているように感じられた。この半年「EUタクソノミは将来のCO2削減に向けたゴールとしては良いが、そこへ行くまでのトランジッションが重要だ」という声が特に海外から聞こえ、あたかもタクソノミにはゴールしか書かれていないと受け止められている感も否めなかった。TEGもそれに気が付き、それを払拭したかったのかもしれない。最終報告書でも「タクソノミはトランジッションのツールである」と冒頭で説明し、パネリストからも「タクソノミによって企業と投資家が一緒に、ゴールに向かって進んでいける」といった言葉が聞かれた。

またこの半年以上の間に、EUでは新しい欧州委員会委員長が選出され、グリーンディール政策が打ち出され、タクソノミは確固たる法的枠組みを得た。パネルに先だったプレゼンテーションでは、PRIのネイサン・ファビアン氏はタクソノミの国際的な調和として、世界各国で同様の取り組みがあることをスライドで示した。スライドにはカナダや中国、南アフリカ、マレーシアが塗りつぶされており、「オーストラリアや日本でも動きがあります」と付け加えた。

 

「原子力はグリーンか?」DNSHによる評価がカギ

しかし、質問やコメントを受け付けるアプリには、原子力に関する質問がいくつも見られた。最終報告書のタクソノミには、原子力についての記述があったためだ。技術的に十分に高い進歩があればタクソノミに入れる可能性があるものとして、その事例として原子力があげられている。そして温室効果ガスの排出がほぼゼロである原子力が検討されることは正当であるとし、しかしDNSH(Do No Significant Harm, CO2削減に貢献するからといって他の問題を引き起こさないことを求めた閾値)が考慮されなければならないとし、事例として高レベルの放射性廃棄物の存在などをあげている。

そこでパネルディスカッションの最後にモデレーターは、皆が気にしている原子力について将来どうなっていくかのコメントを欧州委員会に求めた。欧州委員会のマーチン・スポルク氏は「原子力については、CO2削減に貢献するとTEGがまとめた。しかし同時にDNSHの観点で将来にわたってどうなのか、という点が議論されるでしょう。我々は注意深く評価していく必要があります」と強調した。

今回のレポートはDNSHについて以前より明確にページを割いて説明している。更にこれまであちこちで「タクソノミはグリーンばかりを重視している」といった指摘が聞かれためたが、Minimum Safeguardsを適用すること、たとえばOECDや国連で人権等を提唱しているガイドラインなどに従っているかという基準がDNSHと一緒に3本柱のひとつとして取り上げられている。また、タクソノミがスタートしたあとも様々な状況に応じて一度グリーンにカテゴリ化されたものがそうでないということもあるだろうとパネリストの一人は述べた。DNSHの基準や人権、ガバナンスなどの観点も強化されており、タクソノミが引き続きどのように実装されていくか、日本の投資家も十分に注目して行く必要があるだろう。

 

投資家、企業双方にタクソノミを元にした開示の強化

今後のスケジュールとしては、まずEUでは金融機関も企業も2021年には、Mitigationとadaptationに関する活動の開示、2022年には全ての環境に関する活動を年次報告書と、Webサイトで開示しなければならないことになった。この時Mitigationやadaptationの基準はタクソノミとなる。開示には収益への影響や設備投資がどのように行われたかを言及することも提言されている。以前から指摘されているが、今回のパネルでも投資家側のパネリストから「データのAvailablitiyが課題」という指摘があった。現在欧州委員会は現在、非財務開示を求めたNFRD(Non Financial Reporting Directive)のレビューのパブリックコンサルテーションも行っている。次に企業の非財務開示の整備に乗り出すためだ。EUの投資家は、自らの開示義務を果たすため、投資先の日本企業にも、EU企業と同じレベルの開示を求めざるをえなくなくなるだろう。日本企業にとってもこの動きは、ますます無視できないものになるだろう。