投函者(三井千絵)

HongKong

5年ぶりの香港

「多くの人が誤解しているんですが、香港では一度も強制的なロックダウンは行われていないんです」香港で金融サービス支援業に従事するR氏は、不思議なぐらい強調した。おそらく多くの人から繰り返し、同じ質問を受けたのだろう。確かに上海の大規模なロックダウンが記憶に新しくそのイメージを香港に当てはめてしまう。

「それでも、生活は大変だった人も多かったと思います。たとえば・・・」と窓の外で行われている建築工事を指差し「工事現場での仕事などは、暫く全くなかったと思います」と話した。

香港は他の都市と異なり、3年ぶりではなく4年ぶりに訪問しやすくなった。それは2019年に大規模な抗議行動があり、訪問が難しくなったからだ。投資家団体ACGA(Asian Corporate Governance Association)は、2019年11月に香港で開催を予定していた年次カンファレンスを、翌2月に延期した。ところが2月になると、香港でも新型コロナウイルスの拡大が確認され、結局中止に追い込まれた。その後香港は、入境者に他のアジア諸国より厳しい3週間の待機を求めた。その一方、確かに香港の内部では2020年から対面の会合が行われていた。香港で行われたハイブリッドのイベントで、地元の投資家だけがマスクをつけ、パネルディスカッションを行う様子が新鮮だったのを覚えている。・・・ただそれもすでに2年半も前のことだ。R氏は続けた。「香港の問題は、医療機関が不足していたことでした。そのために厳しい入境規制が敷かれたのです」

香港の人々が大変だったと思い出すのは、もしかしたらコロナ禍より2019年だったのかもしれない。筆者は2018年3月が最後で5年ぶりの訪問だったが、同じようなケースは多いのではないだろうか。

 

香港は大丈夫

香港生まれ、カナダ育ちの金融メディアの編集をしているK氏は「いつ前回香港にきましたか?」と問い、続けて「プロテストの前ですよね?」と聞いた。5年ぶりの香港に対する感想を問われ、なんだか少し街が綺麗になったような気がします、コロナの影響でしょうか?と答えた。

2019年に香港で起きたことには、多くの金融関係者が心を痛めてきただろう。K氏の知人でも英国などに移住してしまった人がけっこういたそうだ。当時日本政府も、香港が政治的に不安定であることから、海外移転を考えている資産運用会社があれば積極的に誘致しようと、規制の見直しや英語対応に、金融庁や東京都が中心となって取り組んだ。起業の支援やガイドブックも提供し、実際にスピーディーに資産運用業の免許が交付されたケースもあったようだ。しかしそれで多くの機関が日本に移転した・・・という話は聞かない。また香港には金融機関だけではなく、グローバルな投資家団体のアジア・パシフィックのヘッドクオーターが置かれているケースが多い。こういった団体も、これから政治的な影響を受けるのではないか、と危惧する声を、香港以外のあちこちで聞いた。しかし実際香港に住む人に聞くと「大丈夫、今のところは・・・」、「少なくとも金融については、問題はないでしょう」という答えが返ってきていた。今回訪問して、実際の温度感を知ることができた。

S氏はヨーロッパ出身で、日本でも勤務経験があり日本語を少し話す。5、6年前から香港に移り、金融機関でポリシー・アドボカシーの仕事をしている。「2019年当時は、これから香港はどうなってしまうのか、我々は皆心配していた。しかし実際時間がたつにつれ、特にものすごく生活が変わるとか、そういうことではないとわかり、徐々に気持ちは落ち着いた」と語りはじめた。そして「実際、自分の生活は変わっていない。確かに何か言ってはいけないこととか、あるのだと思う。しかし営利企業が困るほどではない。もし、十分な民主主義がなければ事業ができないというのであれば、他にも行けない国はあるだろう」

それでも時々、問題となることに出くわすという。たとえばスイスのある銀行がもう1年ぐらい、中国やシンガポールに投資をしてくれなくなった。そういうことはこれからも出てくるだろう、と思っている。また、ESGやサステナビリティが注目される中、人権の問題など言いにくいこともある。それでもS氏は「香港は大丈夫だ。今のところは」と述べた。

 

サステナビリティ投資への意気込み

香港の投資家は、国境の往来が完全に元通りになり、観光客が押し寄せる中で、サステナビリティ関連の取り組みに意欲的に見える。

「日本では岸田首相が、ジェンダーダイバーシティの改善について強く舵取りをしているようだね」という言葉は、現地で会う投資家のほとんどが発した。米国系のグローバルな資産運用会社で、責任投資部門に所属するJ氏もジェンダーダイバーシティに力をいれており、「これで日本企業の女性役員比率も、今後変わるだろうか?」と期待をにじませた。J氏の部署では部員は多くないが、同僚はバイオダイバーシティに取り組んでいたりして、ESGに関するさまざまなテーマが出てくる中で、忙しく対応している。

ロンドンにヘッドオフィスを持つ別のESG投資に力を入れる資産運用会社のN氏は「うちは今東京でオフィスを開設する準備中だ。さらに人を雇わなければ・・・」と意気込む。「今東京はとても注目されている」と言う。N氏だけでなく現地で会ったほぼ全員から、最近のGPIFの様子を聞かれた。日本のアセットオーナーに自らの優れたESG運用を示し、受託できたら日本株で運用したい・・・そんなふうに考えているケースもあるだろう。

前述のS氏は、今注目している日本の脱炭素に関する会社名をいくつか挙げた。どれも初耳だった。香港では当局に政策を助言する外郭団体のFSDC(Financial Services Development Council)があって、そこでは2016年から香港も脱炭素やESGについて取り組むように提言し、それ以降ESG投資についてレポートを発表してきた。2023年2月には、香港におけるネットゼロへの道筋についてレポートを発表しており、当局もネットゼロやサステナビリティに前向きに取り組んでいるそうだ。

日本の当局の動きについてもよく追いかけている。ACGAでは4月19日に金融庁が発表した「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けた アクション・プログラム」を、これだけサステナビリティ(ESGというよりE&S)が注目されている中で、原点のGを重視ししたものであったことを評価している。これまでの金融庁の取り組みは、リスト的にやるべきことを多岐に渡ってあげており “総花的”に感じていたそうだ。しかし今回のアクション・プログラムには「背景に一貫した政策を感じる」と今後の展開に期待をしている。

北欧の年金基金の運用子会社のL氏は、東京証券取引所が昨年から取り組んでいた「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」で掲げた「PBRが1を下回る企業の問題」提起については、とてもポジティブにみている。そして企業にはぜひ事業活動に貢献していない、不要な資産を小さくするために、まずは政策保有株を売ることだ、そしてそのお金を、将来の企業価値向上に繋げて欲しいと述べた。

サステナビリティの開示に重要な、IFRSサステナビリティ基準に対する関心も高い。企業開示に関連する仕事をしているM氏は、香港では基本的にISSBの開示を取り込むだろうと注目し、最終的にどの国も多少のローカルな対応を加えるだろうし香港もそうするだろうが、当然ISSBに対応していくものと見ている。前述のR氏も「香港でもISSBに対し多くの団体が意見を送ったり、ロビーイング活動をしている」という。グローバルな投資家団体CFA協会が香港に設置しているAPACオフィスでも「(ISSBの基準への理解に向けて)この地域のソサイエティ全体で取り組むことができれば」と意欲的だ。

 

日本に対する期待?

CFA協会APAC オフィスでは、日本政府の「international finance hub」についても注目をしている。前述の2020年からの海外資産運用会社の国内起業支援と一連の取り組みのようだが、今年になって香港で開催されたイベントで、金融庁が直接紹介をしたそうだ。金融庁ホームページでも2023年3月に情報が更新されている。

香港の街中でもう一つ感じたのは、5年前よりさらに日本語の広告が増え、コンビニでも日本で売られているままのパッケージで商品が陳列されていることだ。ほとんどの地下鉄の駅には日本と全く同じようにおにぎりやポカリスエット、野菜ジュースを並べたキオスクや、日本の焼きたてパンのチェーン店がある。商品はともかく、なぜここで広告にわざわざ日本語を入れるのだろうと首を傾げる。前述のL氏は「いや、みんな本当に日本好き。往来ができるようになって、周りもみんな日本に旅行にいって山のように買い物をして帰ってくる。ここで買うより安いから・・・」こちらが驚いたというと「前からだと思う。・・・でも確かに最近更に増えたかもしれない」値札をみると、為替の問題で日本の製品が安いから・・・という理由ではないようだ。

S氏は出身国が遠く離れていることもあって、客観的にみている。「香港は米国と中国の間に挟まっている。両国の緊張が高まる中で、身近な日本に安心感を感じているところがあるかもしれない」これが日本市場に対する関心を高めているとしたら、それも日本が担うべき役割かもしれない。

筆者は滞在中、あちこちで日本語を聞いた。日本からも香港には観光やビジネスで人がわたり始めているようだ。そして帰国時にはこの3年間ではじめて新型コロナウイルスに関する全ての制限が撤廃され、チェックインマシンで帰国用のボーディングパスが取得できた。(これまではカウンターで書類チェックがあった)国境が完全に元通りになった今、投資家もこれまで以上に日本を訪問しやすくなった。そのような中、日本は本気でInternatinal Financial Hubを目指すのであれば、コーポレートガバナンスやサステナビリティ開示を高め、アジア諸国と連携し、真に魅力ある市場に向けて更なる取り組みが求められるだろう。