投函者(辻本臣哉)

 

ESG投資の拡大

 

この数年、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を考慮したサステナブル投資が、世界的な規模で拡大している。もちろん、サステナブル投資の定義は、いまだ明確でなく、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の各ファクターのウエイトも、ファンドによって様々である。グローバル・サステナブル投資白書2020では、このサステナブル投を、ESGインテグレーション、コーポレートエンゲージメントと議決権行使、国際規範に基づくスクリーニング、ネガティブ/除外スクリーニング、ポジティブ/ベストクラス・スクリーニング、サステナビリティ・テーマ型投資、インパクト/コミュニティ投資という7つの投資戦略の総称として用いている。

グローバル・サステナブル投資白書2020によると、欧州、米国、カナダ、オーストラリア、日本の5カ国合計で、運用資産総額が35.3兆米ドルに達し、過去2年間(2018年~2020年)では15%増、過去4年間(2016年~2020年)では55%の増加となっている。ただし、欧州とオーストリアでは、サステナブル投資の定義が厳しくなり、2020年調査では、その影響が出ている。そのため、2020年の実際のサステナブル投資の伸び率は、さらに高いと推定される。また、運用資産総額に占めるサステナブル投資の割合は、35.9%に達している。こうしたサステナブル投資の拡大は、日本も例外ではなく、2020年のサステナブル投資は310兆円で、2014年から年平均168%の伸びとなっている。また、サステナブル投資が、運用資産総額の24.3%を占めている[1]

 

社会的責任投資(SRI)の失敗とサステナブル投資

 

これほどブームになっているサステナブル投資であるが、以前に、似たコンセプトの投資手法で失敗している。それは、2000年ごろに一時話題となった社会的責任投資(SRI)である。環境や社会を中心に、社会的価値観に基づいて投資先を選定する手法である。しかし、従来からの経済や財務を中心とした分析方法を考慮せず、社会的価値観のみで投資を行う傾向にあったため、企業価値との関係が問題となった。そして、投資収益を上げることに懐疑的な投資家が多く、SRIは一時的なブームで終わった。

その後、社会的価値観と経済的価値観の両方で投資先を選択するサステナブル投資が、登場する。現在、ESGインテグレーションと呼ばれる投資手法である。経済的価値も考慮することから、企業価値との関係は明確となった。また、社会的価値は、将来の経済的価値につながることから、ESGインテグレーションに関する投資収益への懐疑は縮小していった。

現在も、ESGインテグレーションがサステナブル投資の中で最大である。このESGインテグレーションにけん引される形で、他のサステナブル投資も拡大し、現在のサステナブル投資のブームがある。今回のサステナブル投資は、過去のSRIのように一過性ではなく、極めて有力な投資戦略として、世界的に受け入れられている。

 

気候変動

 

昨今、世界的に気候変動リスクに対する認識が高まり、多くの国で、2050年までに炭素排出量をネットゼロにする目標を掲げている。その波は、投資ファンドにも来ており、アセットマネージャーも、ポートフォリオベースで炭素排出量の削減に努めている。日本でも、各アセットマージャーレベルで、ネットゼロを目指した取り組みがされており、ファンドごとに炭素排出量の管理を行っている。また、脱炭素を促進する投資信託も数多く組成されている。さらには、アセットマネージャーによる投資対象企業に対する、脱酸素へのエンゲージメントも行われている。そのため、アセットオーナーやアセットマネージャーからの圧力によって、上場企業が脱酸素向けた経営を促進することになる。

アセットマネージャーによる気候変動への取り組みは、世界的な規模で行われている。2015年に採択されたパリ協定の目標達成のため、ネット・ゼロ・アセット・マネージャーズ・イニシアティブ(Net Zero Asset Managers initiative)と呼ばれる、ネットゼロを目指す世界的なネットワークが形成されている。サステナブル投資のテーマの中で、気候変動が、現在最も関心が高まっている。その背景には、気候変動が緊急の課題であること、炭素排出量という共通した数値が計測されることがある。これが、社会(S)やガバナンス(G)だと、共通した客観的な指標を導入することが難しい。

 

アセットマネージャーによるグリーンウォッシング問題

 

サステナブル投資の世界的なブームによって、アセットマネージャーは、数多くのサステナブル投資のファンドを組成している。しかし、一方で、こうしたファンドが、本当にサステナブル投資と呼ぶのにふさわしいかどうか、疑念が出てきている。いわゆる、グリーンウォッシング問題である。投資家が大手年金などといった場合、アセットマネージャーが提供するファンドがサステナブル投資であるかどうか、評価することは容易であるが、規模の小さな投資家、とくに個人投資家の場合、極めて難しい。そのため、各国金融監督局は、個人向けの投資信託について、そのネーミングも含め、サステナブル投資であるかどうか目を光らせている。

各国当局におけるグリーンウォッシング問題の取り組みは、類似している。すなわち、どのようなサステナブルファクター、すなわちESGファクターを用いて運用を行っているのか、チームの態勢、リスクなどの開示を、アセットマネージャーに求めている。そして、その開示内容が、実際行われれているのかどうかをチェックするのである。すなわち、ディスククロ-ジャーとモニタリングが中心となる。

 

厳しい状況に追い込まれているESGインテグレーション

 

サステナブル投資をけん引してきたESGインテグレーションであるが、前述した気候変動への取り組みとグリーンウォッシング問題が、ESG インテグレーションを厳しい状況に追い込んでいる。どちらもサステナブル投資の推進する要因であるが、皮肉な結果を生んでいる。

まず、気候変動問題への取り組みは、Eの重要性を大きく増した。もちろん、このことは、ESGにとって歓迎すべきことではあるが、あまりにもEが強調され、SやGが相対的に軽視されるようなっている。E, S, Gは、お互い相関していることもあるが、相反することも珍しくはない。例えば、石炭火力発電の廃止を目指すEの取り組みは、その産業で働く人々の雇用というSの問題を引き起こす。また、Eでは評価されるテスラであるが、Gについて大きな問題を抱えている。もちろん、E, S、Gのバラナンスを取りながら、それらの改善を目指すのが本筋であるとともに、アセットマネージャーの責務である。しかし、Eがあまりにも優先されると、SとGがないがしろにされるリスクが高まる。

ただ、Eが重視される傾向にあるのは理解できる。気候変動は、世界共通の問題であり、その解決への取り組みには、コンセンサスが形成されている。また、Eには、科学的根拠があるとともに、炭素排出量等、数値化が容易で、目標設定が明確である。それに対し、Sは数値化が難しく、産業、企業によって重要な分野が大きく異なる。Gは、その企業が属する国の政策にも影響されることから、企業努力では解決できない問題もある。

グリーンウォッシングの問題も、ESGインテグレーションにネガティブな影響を与えている。ESGインテグレーションは、企業の将来の利益やキャッシュフロー、すなわち財務情報を予測するために、ESG情報を利用する。言い換えれば、ESGは将来の財務情報といえる。しかし、一方、どのようにESGが将来の利益やキャッシュフローの予測に使われているかは、一般化が難しい。それは、あまりにも産業、企業によって違いがあるからである。さらに、同じESGインテグレーションであると表明していても、アセットマネージャーによって、その取り組みに強弱がある。中には、ほとんどESG情報を使用しないで、ファンドを組成しているアセットマネージャーもあろう。こうしたアセットマネージャーやそのファンドがグリーンウォッシングとして糾弾される。言い換えれば、グリーンウォッシングのリスクが最も高いのが、ESGインテグレーションである。

 

サステナブル投資信託から排除されるESGインテグレーション

 

世界の金融当局は、グリーンウォッシング防止に対する取り組みを強化している。その中心となるのが、個人向け投資信託への規制である。繰り返しになるが、年金等の巨大機関投資家と違い、個人は、サステナブル、ESG等の名前のついた投資信託が、本当にその名にふさわしいかどうか判断することができない。そのため、こうしたサステナブル、ESG投資信託への監視を強めている。前述したように、監視の基本は、ディスクロージャーの要請とそのモニタリングにある。そのため、サステナブルを全面に出した環境テーマ型ファンドは、わかりやすく、グリーンウォッシングのリスクは極めて低い。一方、ESGインテグレーションファンドは、ESGファクターと従来の財務情報ファクターが混在しているため、グリーンウォッシングリスクが高くなる。その結果、ESGインテグレーションファンドをサステナブル投資信託として認めないという動きが大きくなってきている。すなわち、ESGインテグレーションファンドが、サステナブル投資信託から排除されるリスクが拡大している。

ESGインテグレーションファンドは、実際ESGファクターを精緻に分析し、将来の企業の利益やキャッシュフローを予測し、それに基づいて投資をしている、サステナブル投資という名にふさわしい投資信託もある。一方、ESGを一部だけ取り入れているだけの投資信託もあり、グリーンウォッシングにあてはまる可能性がある。繰り返しになるが、各国の金融当局の監視は、ディスクロージャーの要請とそのモニタリングであり、ESGインテグレーションファンドのレベルの差を評価するのは極めて難しい。そのため、ESGインテグレーションファンドを一括りで扱うしか方法はないことは理解できる。しかし、ESGインテグレーションファンドが、サステナブル投資ではないという印象がついてしまうことは、世界的なサステナブル投資の推進にとっては問題となる。前述したが、サステナブル投資のけん引役は、ESGインテグレーションファンドであり、それは今後も変わらない。

 

ESGインテグレーションの再評価

 

サステナブル投資は、昨今大きく拡大したが、もう一度、長期投資というその原点を思い出す必要がある。短期売買による投資を否定するわけではないが、投資家や投資対象企業を考えれば、長期投資は極めて有効な手段である。長期投資を行うためには、長期の利益やキャッシュフローを予測する必要があるが、そのためには、財務情報だけではなく、ESGをはじめとした非財務情報の活用が必要となる。非財務情報は、将来の財務情報と言うことができる。

投資家の立場に立てば、年金等の長期資金は、その資金的な性格から、長期投資のファンドが求められる。また、個人投資家も、資産形成の観点からは、毎月積み立てが可能な長期投資の投資信託が求められる。とくに、日本の場合は、貯蓄から投資へをスローガンとされてきていることからも、長期投資が中心となると考えられる。

一方、上場企業にとっても、短期に株主が変わるのではなく、長期に株が保有されることによって、安定した経営を行うことができる。また、企業は、長期投資のアセットオーナーやアセットマネージャーとの対話によって、その経営を見直し、企業価値の向上を図ることが可能となる。企業価値の向上は、アセットオーナーやアセットマネージャーの望むところであり、ここに投資先企業との共通の目的が形成される。投資対象企業に、短期の自社株買いを迫り、株価の上昇とともに持ち株を売却するような投資とは一線を画する。

こうした長期投資を可能にしたのが、ESGインテグレーションである。従来型の財務情報主体の分析に、将来の財務情報の予想に必要なESG情報を中心とした非財務情報を統合することによって、こうした長期投資を実現することが可能となる。そのため、財務情報を考慮しなかったSRIと違い、ESGインテグレーションは世界中で受け入れられ、サステナブル投資の拡大に大きく貢献したのである。

 

ESGインテグレーション後退のリスク

 

ESGのための長期投資ではなく、長期投資のためのESGである。そのため、サステナブル投資という名称がなくても、長期投資の中で、ESG情報の活用が行われ続けていれば問題はない。しかし、サステナブル投資という名称がつかなくなった結果、ESGインテグレーションに資金が流入しなくなる、あるいは流出していくことは大きな問題である。

例えば、環境テーマ型投資信託などがサステナブル投資とみなされ、ESGインテグレーション投資信託がサステナブル投資とみなされなかった場合の問題を考えてみたい。もちろん、環境テーマ型投資信託も長期投資である。Eは、長期的に企業価値に影響を与える。しかし、個人投資家が、はたして長期投資として、テーマ型ファンドを購入するかどうか疑問が残る。これまでのテーマ型ファンドと同様、ブームに乗った短期投資として購入されるリスクがある。もちろん、環境は長期的なテーマであるが、短期的には小さなブームが繰り返される。その結果、長期的な環境テーマに投資するのではなく、短期的な時流に乗るように売買される可能性は否定できない。サステナブル投資が、本来の目的である長期投資ではなく、短期投資のツールとして使われるという皮肉な結果を招く怖れがある。

また、ESGインテグレーション投資信託が、サステナブル投資とみなされない結果、ESGインテグレーションが、ESGを用いず、さらに長期投資ではないという誤解を生む可能性もある。そのため、本来、長期投資に適したESGインテグレーション投資信託が、長期投資として購入されなくなるかもしれない。こうした状況は、貯蓄から投資へという国家戦略にマイナスの影響を与えると考えられる。さらに、ESGを通じて、企業価値の向上を図り、投資家も投資対象企業もメリットを享受するという本来の目的の達成が難しくなる。

 

長期投資の未来

 

繰り返しになるが、サステナブル投資の意義は、経済的なリターンだけでなく環境を含めた社会的問題の解決を狙うことにある。この二つの目的は、短期投資では相反するケースがあるが、長期投資においては一致する。長期のリターンを考えた場合、ESG情報が必須となるからである。さらに、企業へのエンゲージメントを含めた長期投資は、投資対象企業の企業価値を向上させる。その結果、投資家、投資対象企業の両方がウィンウィンの関係が構築される。

残念ながら、現在世界的な流れになっている気候変動への取り組みが、逆にこうしたサステナブル投資の意義を棄損するリスクをはらんでいる。Eが最優先されることによって、SやGとのバランスを欠き、結果としてEの改善による企業価値の向上を、SやGの問題悪化で相殺、あるいはマイナスの効果にまで至る可能性がある。さらには、E重視の投資によって、気候変動によるリスクを削減できたが、逆に人権や雇用等のリスクを拡大してしまうかもしれない。もちろん、E, S, Gのバランスを考えることは、極めて難しいことは認識している。The Economist誌では、ESGではなくE、とくにEmissionにフォーカスすることを説いている[2]。これは、最もわくりやすく、目標設定も容易な方法である。しかし、投資家は、やはり、いくら複雑であろうと、ESGのバランスを考慮する必要があり、これが投資家の責務である。

日本では、他国と比べてコーポレートガバナンス・コードの導入は遅れたが、2014年に「日本版スチュワードシップ・コード」、2015年に「コーポレートガバナンス・コード」が導入され、その後継続的に改訂されている。二つのコードが同時期に導入されたことで、二つのコードが有機的につながっており、投資家と企業双方が長期的な企業価値の向上を通じてウィンウィンの関係を築くことが可能となっている。これに、ESGが大きな役割を果たすことになり、その中心は長期投資である。企業価値の向上と長期投資を中心とする取り組みは、世界的にEのみが突出して強調される中、日本の強みであると考えられる。本稿は、繰り返しなるが、気候変動への取り組みを否定するものではない。しかし、改めて、ESGのバランス、長期投資、企業価値の向上の重要性を強調したい。

 

[1] グローバル・サステナブル投資白書2020( 日本語訳 日本サステナブル投資フォーラム)

https://japansif.com/wp-content/uploads/2022/06/GSIR2020jp.pdf

[2] The Economist “ESG should be boiled down to one simple measure: emissions” 2020年7月23日号