投函者(三井千絵)

先の当会ブログで、スチュワードシップ研究会木村代表から四半期開示に関する日本の動きと投資家の意見について紹介が行われたが、それでは海外の投資家は四半期開示をどのようにみているのだろうか。2000年から2004年にかけてグローバル・スタンダードに追いつけと東証規則、そして金融商品取引法で四半期報告制度が導入されたが、いつの間にか、世界の投資家の意見は変わったのだろうか?

今回は、英国の投資家、関連団体へのヒアリングを紹介したい。

 

四半期開示問題の始まり

EU加盟国では、2013年に発表されたEUダイレクティブで、四半期報告書の提出を義務ではなく任意化することが求められた。英国でもそれに従い、四半期報告書の提出は任意となったが、その背景は、その前年に英国で公表されたケイ・レビュー(英国政府による株式市場の構造から企業開示まで様々な問題を調査・分析したレポート)の中で、経営者が四半期ごとのパフォーマンスを気にすることによって、経営(またはそれに伴い投資)が短期志向となり、経営判断に長期の視点が組み込まれにくくなるのではないか・・・といった指摘が行われたことにある。

 

しかし2013年の秋頃は、まだロンドンでも一般の投資家の間で、同件は話題になっていなかった。ある資産運用会社のアナリストに「四半期の強制開示の廃止(任意化)をどう思いますか?」と聞くと怪訝な顔をされた。「え、そんなことが議論されているのですか?ばかな」というのがストレートな反応で、「自分だって、四半期決算をみるのはしんどいこともある。でもやはり投資先の四半期決算をみなければ」と即答された。その年、配当性向がやや低かったが設備投資計画の説明をきちんと行った企業があって、それを自分は評価している、といった会話を行った直後の会話である。(決して短期売買の投資家ではない)

 

それから3年たった2016年秋、ロンドンで開催されたIFRS諮問委員会の会場で、CFA協会から委員として出席していたP氏に声をかけられた。すでにこの頃は、ICGN等のカンファレンスで「四半期決算を見るのはショートターミズム」といった議論が盛んになり始めていた。「最近コロンビア大学が調査結果を発表した。ぜひ日本で広めて貰えないか。」それは、四半期報告書が任意開示になってからの3年、報告をやめた企業のマネジメントに経営の視点で変化が見られたかについて調査を行ったもので、結果として変化は見られていないということを報告していた。(Consequences of Mandatory Quarterly Reporting

この調査を基に、CFA協会で行われたリサーチレポート(Impact of Reporting Frequency on UK Public Companies)も2017年4月に発表された。レポートには多くの投資家が名を連ねており、先の四半期開示をやめても経営に変化がないという調査結果から「四半期が短期主義を促したという証拠はない」と主張している。またFTCLGlobal(長期のビジネスや投資にフォーカスしたディスカッションを推進するNPO)によるレポート”Moving Beyond Quarterly Guidance”でも、「これはむしろ業績ガイダンス(業績予想)の問題であり、四半期決算の結果を発表することが問題ではなく、次の四半期業績のガイダンスを出すことが問題なのだ」といった意見が発表された。

前述のCFA協会のP氏も「四半期はフリークエントな開示として重要なものであると考えている。ただ業績ガイダンスはもしかしたらミスリーディングな役割を演じてしまっているのかもしれない。しかし四半期決算の開示自体は別である」と強調した。

 

“四半期報告書は本当に投資家のショートターミズムを助長する”のか?

四半期開示を任意にした直後はFTSE100のほとんどの企業は引き続き開示を行っていた為、ロンドンでもあまり話題にならなかった。しかし2年ぐらい前から急に「四半期開示を辞めるべき」と受け取られかねない意見が、主にガバナンス系の会議で聞かれるようになった。

ロンドンにあるInvestor Association(IA)では2017年9月に「4半期報告は長期の視点を見落とさせる」といったレポートを発表した。この中でIAは企業に対し、四半期報告をやめるよう呼びかけ、この2年で発表企業が激減し、既に2017年ではFTSE100の半数が発表を行わなくなったと述べていた。このレポートを持ってロンドンの投資家の意見を聞いた。

 

11月、IASBの投資家諮問会議の委員などを歴任したある著名アナリストF氏は、初めて見たかのようにこのレポートを眺め、首をかしげた。ところが一方、大手パッシブ系運用会社や年金基金のガバナンス担当者は「そうそう、四半期開示はショートターミズムを助長するから辞めるべきだ。それに我々は四半期決算を見ない」とあっさりと述べた。

ロンドンの大手運用会社では「ガバナンスチーム」を運用部門と分けているケースが多い。彼らは、企業とガバナンスに関する対話だけ行う。通常、業績や株価についての対話はしない。(インサイダー情報となるリスクのある会話を避けるという目的もある)だから確かに四半期どころか通期の財務諸表もあまり見ないのではないだろうか。またロンドンではエンゲージメントを外注しているケースもある。そういった“投資家”もIAのレポートにあっさり同意し「四半期決算を見るのはトレーダーだけ」と述べた。

 

これらの論調は四半期報告書と業績ガイダンスを一緒に批判している点で共通しているようだ。確かに業績ガイダンスは株価に影響をあたえ、企業もそれを意識して発表を行う。経営者が業績の見通しを把握していないのは問題だが、株価への影響を予想(或いは期待)しながら発表しているため、これが短期の売買を促進するといえばその通りだろう。しかしそれでも四半期開示があれば、実際の値からかけ離れた過度な数字を発表するリスクを抑えることもできる。

そこで次のような質問を行った。「短期で売買を行いキャピタルゲインを得るという目的ではなくても、長期投資家であれば企業の業績推移を踏まえて経営者とリスクの認識や事業に対する姿勢を対話するだろう。期中に大きな変化があった時、たとえば災害や為替の変動などがあった時に、四半期開示がなければフェアディスクロージャー・ルールのもとどうやって経営者と対話するのか。四半期決算を長期投資家が見ないというのは言いすぎでは?」

すると「英国では、四半期開示を止めても大きな業績の変化が予想される時はそれを開示することになっている」という反論を得ることもあったが、それでもこの問いについてはみな一度考え、同意を示すケースもあった。

 

クライアントと投資の責任

ある外資系運用会社のW氏はロンドンにおいて、運用にESGを真にインプリメントするためにガバナンス担当者を別途おかない方針をとっている。彼も最近の“四半期はショートターミズム”という声に首をかしげている。

「自分たちはクライアントに月次で報告している。」企業をみて、経営者を見て、この企業は正しいことをしているかどうかを考え運用を行っているというW氏は、だからといって運用報告を頻繁にしなくていいという理由にはならないと考えている。「他の人もそういう意見か?」と問うと「他人は知らない。」ただ、競争の激しいロンドンで、同様に運用に責任を負う人に問えば、同様の答えが得られるのではないだろうか。

 

IAに前述のレポートについて問いあわせたいといって訪ねると、レポートを出した経緯を説明してくれた。2015年に内部のいくつかのワーキンググループで議論をして、2つのプロジェクトが立ち上がった。ひとつは企業の開示に長期のナラティブな情報を増やすよう訴えていくこと。これはガイドラインというアウトプットとなり、既に発行された。もうひとつが四半期開示をやめるよう訴えるということだった。その理由は「会員は、四半期報告書は回数が多く、ほとんど変わらない内容が出て無駄だ。こんなに頻繁に見なくていい。それより別の開示に力を入れて欲しがっていた」であった。

そこで「ロンドンの投資家でも、クライアントへの報告責任から四半期開示が不要とは信じられないという声も聞かれたがそういう声はなかったのか?」と問うと「たまたま当会の会員は、年金基金など長期の視点をもつ良いクライアントを持っているようだ」と答えた。

 

そして続けて、四半期開示など短期のレポートで投資判断をするべきではない、もっと長期の視点を聞いて投資判断をすべきだ、ナラティブな情報が必要だという考えだと述べた。

これに対し「ちょっと腑に落ちない点がある。あたかもワンショットのレポートで投資判断をしているかに聞こえる。通常通期なら過去10年とか比べて、四半期ならその一年間の過去のバイオリズムをみて当該企業の将来を分析するのではないのか。ナラティブレポートでマネジメントがなんといっていても、投資家は過去の財務諸表で自分で判断をするものではないのか」と問うと、「おっしゃる通りだと思います。全く同意します」と言った。

 

誰が四半期について意見をすべきか

そもそもショートターミズムとは何だろうか。四半期開示がなくてもデイトレーダーは存在し、様々な情報に基づいて売買している。四半期開示が投資家側のショートターミズムを助長するというのはあまり科学的な根拠がないと言える。そして四半期報告書は、四半期ごとに業績を良く見せたいという経営者側のショートターミズムを助長するという意見も、現時点では立証されていない。にも拘らず、なぜか四半期開示を非難する声が生じている。

少なくとも監査人のレビューを通った四半期報告書が投資家の害になるとは考えにくい。ところが、いつの間にか「四半期決算が出るから短期で売買されるのだ」というような議論になり、さらには確たる証拠もなく“四半期はショートターミズム”、“自分たちは長期投資家だから四半期決算を見ない”という安易なキャッチフレーズ化が行われてしまったかのような印象をうけた。

 

ただ、これまで紹介したように、セクター・アナリストや運用担当者はもしかしたらあまりこの議論にタッチしてこなかったのではないか。「長期投資の必要性」を訴えるガバナンス系の集まりには、運用や業績分析が担当ではない投資家が多く参加している。

この問題について、投資家側で意見が聞かれるべきは、実は運用のパフォーマンスや業績予想に責任を負う人たちではないだろうか。そういった人たちが意見を発信することは容易ではないかもしれないが、四半期開示がなくなって本当に株価や運用に悪影響はないか、今一度、投資家としてしっかりと考え直すべきではないだろうか。