(木村祐基)

四半期決算開示について「見直し」議論が提起

本年(2017年)6月9日に公表された「未来投資戦略2017」において、「四半期開示については、義務的開示の是非を検証しつつ、企業・投資家を含む幅広い関係者の意見を聞きながら、更なる重複開示の解消や効率化のための課題や方策等について検討を行い、来年春を目途に一定の結論を得る。」(下線は筆者)とされていることから、今後、来年春(2018年3月頃?)を目途に、金融審議会などで四半期開示についての「見直し」の議論が進められる可能性がある。

四半期開示については、2016年4月に公表された金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告において、「四半期決算短信と四半期報告書の開示の日程が接近していることから、これを一本化すべきという意見がある一方、開示の日程が近接しているのは四半期レビューによる確認を待っていることによるところもあり、むしろ速報性の要求される四半期決算短信の早期提出を促すべきではないか、との指摘もある。」と開示日程の問題が指摘されていた。

しかし、今回の「未来投資戦略2017」での問題提起は、四半期開示が企業や投資家の「短期主義」を助長しているので、四半期開示制度自体を廃止すべきではないか、という問題提起から取り上げられているとみられる。

また、2013年にEU委員会が原則として四半期開示の義務付けを禁じる新たな透明性指令を採択したことや、この指令を受けて英国で四半期開示の義務付けが撤廃されたことも、四半期開示見直しの契機になっている。

当研究会では、会員である機関投資家の間でこの件についての議論を重ねてきた。ここでは、会員機関投資家の意見を踏まえて、筆者なりに「論点」を整理して、問題提起としたい。

結論は「拙速な見直しはすべきでない。今後見直しをしていくとしても、四半期開示のメリット・デメリットについて十分な検証とエビデンス(証拠)を積み上げた上で議論を尽くすべきである」と考える。

四半期開示のメリット

わが国の四半期開示は、1999年11月に東京証券取引所がマザーズ市場を開設し、取引所の自主ルールとして、マザーズ上場企業に四半期開示を義務付けたことに始まる。その後2003年からすべての上場企業に四半期開示が義務付けられた。金融商品取引法による法定開示制度としての四半期開示は、2008年4月1日以後に開始する事業年度から始まった。

四半期開示制度の導入が検討されていた時期の論文では、四半期開示のメリットとして、①発行会社による情報開示の頻度が高まれば、投資家が利用できる判断材料は増え、投資家は従来よりも適切な投資判断を行うことができると考えられる、②投資判断に重要だと考えられる情報をタイムリーに開示することに消極的会社については、特に、四半期財務情報の公表を強制されることでディスクロージャーのレベルが引き上げられる、③証券アナリストや機関投資家だけに四半期ごとに経営状況を説明してきた会社については、全ての投資家に四半期財務情報が同時に提供されることになり、公平な情報開示が実現されることになる、など投資家保護に資することが指摘されていた。(平松那須加「世界的に注目される四半期開示制度」、野村総合研究所『資本市場クォータリー2002年春』より引用)

四半期開示が企業経営者の「短期主義」をもたらしているか?

以上のような四半期開示のメリットに対して、近年、四半期開示が企業経営者の「短期主義」をもたらす、すなわち、四半期の収益をよく見せようとするために、必要な設備投資や研究開発投資などの支出を抑制し、その結果長期的な企業価値を損なっているのではないか、という批判が見られるようになってきた。しかし、四半期開示が企業経営者の「短期主義」をもたらしているという証拠は見いだせない。

2007年に四半期開示を導入し2014年に義務付けを廃止した英国の事例を研究したCFA協会の論文では、①2014年の規則改正後、四半期開示を取りやめた企業は10%未満にとどまっている、②四半期開示を取りやめた企業が開示をやめた後に長期的な投資を行ったことを示す統計的に優位な結果は得られなかった、としている。(R.Pozen, S.Nallareddy, S.Rajgopal ”Impact of Reporting Frequency on UK Public Companies”CFA Institute Research Foundation, March 2017)

そもそも企業は月次(あるいは週次・日次)で決算を行い業績のチェックを行っているはずである。四半期ごとに決算を開示することが経営者の短期志向を導くという論理は飛躍しているのではないか。日本の経営者は「長期的経営」を標榜しており、「四半期開示のために長期的な投資を取り止めたりすることがあるか?」と日本の経営者に問えば、誰もが否定するのではなかろうか。逆に、四半期開示を止めたからといって、経営者が長期志向になるとも言えないだろう。

また、日本の経営者は、一般的に計数へのこだわりが弱いので、四半期ごとに投資家のチェックを受けることの必要性が高いといえるのではないかと指摘する投資家もあった。

さらに、四半期の業績ガイダンスが経営者の「ガイダンス達成」への圧力になっているとの指摘もある。もしそうであるなら業績ガイダンス(四半期業績予想)はなくても構わない。四半期決算を開示することと、業績ガイダンスは全く別の話だ。

投資家の「短期主義」は助長されるか?

投資家については、短期的なトレーディングを行う投資家や長期投資家など様々なタイプの投資家が存在することで、市場の厚みが増し、売買が活性化し、価格形成機能も強化されると考えられる。したがって、そもそも一概に短期投資家が悪であるというような決めつけは不適切である。

もし投資家の「短期売買」がダメというなら、取引所が短期取引の規制を行えばよいことになる。これは、市場の運営者が、どのような市場を作りたいかという「市場設計」の問題である。

投資家のタイプによって、必要とする情報、利用する情報は様々である。四半期決算についても、その利用のされ方はいろいろであり、単純に必要・不必要という二者択一的な判断はできない。長期投資にコミットするエンゲージメント・ファンドにおいても、長期業績目標の達成・進捗状況を四半期決算でチェックしながら、エンゲージメントを行っていくとの説明もあった。業績の進捗チェックは、業績開示の空白期間が短いほうが望ましい。

また、長期投資家といえども、アセットオーナーに対して運用パフォーマンスの責任を負っているので、適切な期間でのパフォーマンスと投資先企業の業績のチェック・説明は必要である。

さらに、企業へのアクセスが容易な機関投資家と違って、個人投資家は企業が公表する決算情報に頼らざるを得ないので、四半期決算情報は重要であろう。

企業の作成負担

上でも指摘したように、企業は社内では月次(あるいは週次・日次)で決算を行い業績のチェックを行っているはず。したがって、3か月ごとにこれを集計して公表することが過大な負担であるとは考えにくい。今後、IT技術が進歩していくと、決算集計や報告書の作成はより早くできるようになるはずであり、素早い決算集計ができるシステムを作ることが企業の国際的な競争力にとって重要であろう。

なお、四半期の説明会については、ビデオ・コンファレンスを利用するなど、負担軽減の工夫ができるのではないか。

業種や企業規模による違い

業種により、四半期ごとの変化が重要な業種とあまり短期の変化がない業種はあるだろう。しかし、個社の様々な状況があり、どの業種は四半期が不要というようなことは決められない。

企業規模によって区分するという議論についても、大企業は多くの情報が必要で、四半期決算に対応できる体制もあるだろう。逆に、中小型・ベンチャー企業ほど業績が不安定で変化も激しいので四半期決算の開示が必要という側面もあり、一概には言えない。

諸外国との競争力の観点からも重要

世界最大の株式市場である米国では1970年から現在の四半期開示制度が定着している。中国など多くのアジア・新興市場においても四半期決算が採用されている。四半期決算の義務付けを廃止したEU・英国においても、四半期開示を取り止めた企業はごく少数にとどまっており、主要企業は開示を継続している。

こうした中で、もし日本企業が四半期決算の開示を廃止した場合、特に海外投資家からは、日本企業の「開示が悪い」と評価を下げることになり、ひいては日本市場全体の評価が損なわれることになりかねない。

また、日本企業を分析するアナリスト・投資家は海外の同業他社の四半期決算を参照して、日本企業の業績を推計し、企業との対話に臨むだろう。結局日本企業も四半期の状況について、海外企業との比較で説明せざるを得なくなることが考えられる。

フェアディスクロージャー・ルールとの関係

上記のような海外企業の四半期決算との比較で説明を求められた場合や、期中に大きな環境の変化(例えば為替レートの大幅な変動、商品・製品の市況の大幅変動など)があった場合、きちんとした四半期決算を公表したほうが、フェアディスクロージャー・ルールとの関係や、インサイダー情報の管理など、企業の情報管理もしやすくなるだろう。

投資家にとっては、仮に四半期決算が廃止された場合、6か月間正確な情報が得られない可能性もあり、市場の不安定さを増幅することになりかねない。

沈黙期間について

なお、四半期の決算ごとに、1か月以上の沈黙期間を設けて、投資家と一切会わないという会社が少なくない。このため企業と投資家との「対話」の期間が制限されてしまうのであれば、四半期開示はないほうが良いのではないかという意見も見られる。しかし、これは本末転倒の議論というべきであろう。確定した決算の情報について正式の開示まで話さないことは当然である。しかし、決算に関係しないテーマについては対話に応じるような弾力的な対応を、企業にはお願いしたい。例えば、この期間にESG説明会、技術説明会などを開催することは可能であろう。

四半期決算短信と四半期報告書の関係

金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告で指摘された、決算短信と四半期報告書の開示日程の関係については、もし両者の差が1週間程度であるなら、一本化されても大きな問題はないとも考えられる。しかし、同報告で指摘されているように、四半期決算短信の開示が、四半期レビューを待っているために、海外企業に比べて遅くなっているのであれば、むしろ決算短信の開示を早める努力が期待される。速報性と正確性の関係について、十分な検討がなされることを期待したい。

制度廃止の容易さと導入の困難

最後に、制度を廃止することは簡単だが、新規に導入したり、復活させたりすることは極めて困難であることを指摘しておきたい。冒頭に指摘したように、四半期開示の導入は投資家保護が大きな目的であり、そのメリットは今も変わらないと考えられる。四半期開示のマイナス面についてエビデンスが明らかでないのであれば、拙速に廃止といった議論をすべきではない。今後、見直しをしていくとしても、四半期開示のメリット・デメリットについて十分な検証とエビデンス(証拠)を積み上げた上で議論を尽くすべきであると考える。