投函者(三井千絵)

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パーム油や天然ガス産業を抱えるマレーシアには多民族・他宗教が共に暮らす

経済協力開発機構(以下、OECD)は年に一度、Asia RoundTable on Corporate Governance(以下ラウンドテーブル)という会合をアジア各国の金融当局と一緒に開催している。1999年にG20/OECDコーポレートガバナンス原則(OECD原則)を発表してから、ほぼ毎年このラウンドテーブルも開催され、各国のレギュレーターや関係者が集い、互いの成果や課題をともに議論することで、アジア全体のガバナンス向上が図られてきた。2023年はセキュリティ・コミッション・マレーシア(SCM)がホストとなり、クアラルンプール(KL)で開催された。前編に続き、マレーシアの取り組みついて取り上げる。

 

ASEAN各国とOECD原則

アジア企業へ投資する投資家グループAsian Corporate Governance Association(ACGA)は2年に1度、アジア各国のガバナンスの達成度を項目別にスコアリングし、その結果を「CG Watch」というレポートで発表している。いつもトップはオーストラリアで、シンガポール、香港がそれに続く。2018年の調査でマレーシアは4位に浮上した。ガバナンスにおいてリーダーシップをとってきたSCMもどうやら予想外の高評価であったのか、感想を問うと驚きと喜びを隠さなかった。

SCMだけでなく、ASEAN各国の証券当局はOECD原則を取り込み、コーポレートガバナンスの向上に努めている。証券当局の集まりであるASEAN資本市場フォーラムはADBの支援をえて、2011年からASEAN コーポレートガバナンス スコアカードという評価プロジェクトを行っている。これはシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンが各国100社ずつ、ベトナムが50社英語で開示している企業を選び、開示書類をもとに共通の項目についてスコアリングを行い、結果を各国・経年比較するものだ。評価項目にはOECD原則だけでなく、ICGNのコ―ポレートガバナンス原則の要件も取り込んでいる。大きく5つの分野があって、A株主の権利、B株主の公平な扱い、Cステークホルダーの役割、D開示と透明性、E取締役の責任となっている。もちろんASEAN同士でも人口も証券市場の歴史もそれぞれ異なる。この6カ国では常にトップのタイSECは、2019年の結果をまとめていた頃「各国の違いが共通項目に合わないところもある」という実務上の感想を述べてくれたことがあった。とはいえ共通項目で継続的に評価することでASEANのガバナンスの取り組みは共通の目標を持つことができ、互いにその達成を競い合う。そして各国それぞれのスコアは、毎年向上している。

 

日本とも共通した課題(ノミネーション、機関投資家の役割)

ラウンドテーブルの3番目のパネルディスカッションでは、マレーシアのコーポレートガバナンスをアジェンダに取り上げた。パネリストの一人、マレーシア人で現在シンガポールの大学でコーポレートガバナンスを研究している教授は、マレーシアのコーポレートガバナンスはジャーニーだと切り出した。グローバル・ルールに合わせていくのはローカルな状況からは困難もあり、時にコントロバーシャルだ、適用するだけでなく、教育、トレーニングが必要だと述べた。(教授の話しぶりは熱く会場を何度か沸かせた)次に発言したパネリストは、マレーシアの投資家団体で議決権行使などのサポートをしており、その経験からマレーシアのコーポレートガバナンスの発展には、エコシステムとして機関投資家のエンゲージメントなどスチュワードシップ活動が重要であると述べた。ガバナンスの向上にはノミネーションコミッティの役割や、チェアマン、そしてそれらの質を高めるための機関投資家の関わりが重要であると強調した。パネルの後半ではSME(中小型企業)はどうやって対応できるのか、という点が取り上げられた。いずれも日本でも議論されている課題だ。

パネルではサステナビリティ開示への対応についても議論が及んだ。今マレーシアではISSBの基準に対応していくことになっているが、ISSBのS2,TCFDの開示の重要性について意見が交わされた。機関投資家がまだあまり多くなく、カンパニー・グループなどアジア共通の課題を持つマレーシアでは、最新のコーポレートガバナンスの議論が多様なステークホルダーやサプライチェーンの考慮、サステナビリティ/レジリエンスを打ち出しているため、取り組みへのインセンティブが説明しやすくなったのではないか・・・、と議論を聞きながら感じた。

6番目の最後のパネルディスカッションでは、“ボードのポリシーとプラクティス”というアジェンダで、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシアなど多様なパネリストによる議論になったが、その中の一人はACGAの選出されたばかりの新代表だった。(新代表は偶然にもマレーシア人だ)やはりノミネーションコミッティが重要だがそれがうまく働くのは非常に難しい、独立取締役の役割を明確にすべきであり、彼らは株主に対し説明責任を負っているのだ、といった点を強調した。そして前のパネルでも述べられていた点、アセットマネージャーが関与しエコシステムを確立していくことが重要だと述べた。新代表は後の会話で「日本のコーポレートガバナンスはアジアの中では良い方だと思う」と語ってくれたが、実際は日本も他のアジア諸国と何ら変わらない課題を抱えている。

 

TCFD/サステナビリティ開示に期待する地元の投資家

このようなSCMらの取り組みの成果を、地元の投資家はどのように感じているのか。地元の投資業協会Federation of Investment Managers Malaysia(FIMM)はコロナ後毎年サーベイを行っている。これは運用資産の状況や売り上げなどさまざまな項目を聞いているがこの中で、「次の3年間で注目しているエリア」という問いで78%がESGを上げた。公的基金など大型のアセットオーナーは、アセットマネージャーへESGインテグレーションを求めるが、それでも同時にパフォーマンスも求めると、ある地元のアセットマネージャーは苦笑する。彼はグローバルな運用会社に所属しているが、マレーシアでは米国のアンチESGなどの影響は感じておらず、今マレーシアはESG投資に向かう入り口に立っているようだ。また会社全体でグローバルに投資をしているので、マレーシア企業に対してもESGデータなどを他国と同じように集めなければならず、それが非常に大変だという。グローバルなESGデータ/レイティングエージェンシーがカバーしている企業数は少ないからだ。一方でマレーシアの国内企業は、ユーティリティ、オイルガス、パームオイルとESGの課題がマテリアリティとなるような事業が多く、TCFD開示もまだそれほど多くないそうだ。それでも来年からブルサ・マレーシア(証券取引所)が導入する開示はスコープ3も含んでいると、期待をしている。

前編にも記したように、ラウンドテーブルにはいくつかサイドイベントが行われた。その中のCFA協会のイベントでは、地元のある投資コンサルタントの女性がパネリストとして登壇した。彼女はまずマレーシアはグローバルのSDGランキングで78位であり、他のアジア諸国も同様に低いことを挙げ(シンガポール64位、インドネシア75位。ちなみに日本は21位で日本より上は全てEU・UKだ)、続けてマレーシアは如何にサステナブルな取り組みを促進できるか、例えば更なるクリーンエネルギーの導入、Shared Prosperity VisionというSDGsをローカル化する国連の提供しているイニティアティブや、非上場企業に対するグローバルに採用されている開示基準のなどを挙げた。そして投資家にとってなぜサステナビリティに関する開示基準が重要かを、発言時間が終わったというモデレーターを振り切って力説した。またASEAN各国のエミッションとそのターゲットを比較し、マレーシア企業の個別の取り組みの状況をそれらのTCFDレポートなどから取り出して解説した。

 

SCMの建物の中ではヒジャブ姿の女性職員の姿が目につき、日本人の目から見ると女性活躍と共にダイバーシティが高いと感じる。実際マレーシアはアジアでもダントツの多民族国家だ。KL在住のある日本人は、しかし昔はもっと民族間の融合が寛容で、中華系の顔立ちでイスラム系の名字という人を見かけたが、逆に最近は宗教・民族ごとに壁が高くなっているように感じるという。ラウンドテーブルが終わった翌日の金曜日、モスクの前には市が立っていたが、そこでイスラエルに対する反対行動が行われていることに気がついた。遠い中東の動きでも、イスラム系住民にとっては黙ってはいられないことだろう。しかしそのすぐ隣には仏教の寺院が並んでいる、そんなマレーシアにはこれからも多様な社会であることを強みに、女性活躍も気候変動もリーダーシップをとって欲しい、そう思いながらKLを後にした。

 

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