投函者(三井千絵)

株主総会

総会の議決権は会社の将来と利益の方向が一致する株主に

 

この4月、岸田首相は突然「有価証券報告書(以下、有報)の開示時期を株主総会前にする環境整備について、金融庁を中心に検討を進める」と表明し、その背景は「海外の投資家からの要望」であったため、4月11日当サイトに「株主総会は有報の後に」という記事を書いた。長年の課題が今回こそは前進するか…と期待しているが、さっそく大きなハードルが現れたようだ。サステナビリティ開示の議論の中で、有報の提出期限をむしろ遅らせるという案が出てきている。

 

株主総会前有報のメリット・・・開示の一元化

なぜ海外の投資家が有報の株主総会前の提出を求めるかというと、有報に記載されている情報が議決権行使に必要な情報であるためだ。また昨今、株主総会で取締役選任決議が終わった後に高額な報酬が支払われていたことが開示されたり、政策保有株のようなコーポレートガバナンスにおいて注目されている情報が有報には必ず記載されるといった事実は、現在のスケジュール(株主総会後に有報提出)の問題点について関係者の共感が得られやすいところだ。

金商法において有報は投資家のために作成が求められており、往年のコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの議論と足並みをそろえ年々開示が追加されている。しかし企業が発する様々な情報が得られる国内では、株主総会後に提出される有報の価値は目立ちにくい。実務の変更には負担もあり、機関投資家・企業双方に賛成者は少ない。そのような中、国内で「有報を株主総会の前に」という議論が行われる時は、「期末から3か月以内に、決算短信を発表し、事業報告書を作成し、有価証券報告書を提出する」という現在のプラクティスの非効率性を問題視し、「有報を総会前の早い時期に提出すれば、事業報告書を別途作る必要がなくなり、開示の一元化に一歩繋がる」というコンテキストで語られることが多い。

2024年5月から開催された経済産業省の「企業情報開示のあり方に関する懇談会」では、この開示の一元化のメリットについて取り上げた。たしかにこれからサステナビリティ開示が追加になり、開示書類を一元化することはすべての人のメリットになるだろう。しかしそれはあくまでも「負担削減」を目指すものであり、冒頭に記載したように「サステナビリティ開示やアシュアランスが大変だからむしろ有報をもっと遅らせてほしい」となると、また”対処すべき課題”としての優先順位を下げられる危険性がある。

 

海外に比べ極端に離れた株主総会基準日

開示の一元化も重要だし、議決権行使のための情報開示が適切に行われることも重要だ。しかし筆者は実はもう一点、このスケジュール問題の重要性を高めていることが別途ある、と考えている。

順番は「有報」→「総会」が良いといっても、これからサステナビリティ開示が出てくる中で有報を総会の前に作成するのは現実的ではない。また日本は他の主要国に比べ決算期末から株主総会開催までの期間が短く、むしろ“株主総会を有報開示の後に開催する”ことを考えるべきである、ということが前回の記事の趣旨だ。しかしここでさらに強調したいのは「株主総会に向けた議決権基準日(配当基準日)を、有報の後にするべきだ」、という点だ。

現在日本ではほとんどの企業が決算日と議決権基準日、配当基準日を同じ日にしている。だから配当や議決権が欲しければ、3月末までに株主になる必要がある。これらは世界各国に比べて相当早いタイミングだ。コロナ禍の最初の年である2020年にPWCがまとめた資料によると、議決権基準日、すなわち株主総会で株主として決議に参加するための締切日は、米国では10日前から最長で2か月前、英国やフランスでは2日前、ドイツは6日~21日前になっているそうだ。2020年コロナによる突然のロックダウンに「監査が完了できないかもしれない」という問題が浮上、「株主総会の日程を変更できるかどうか」ということが話題となった。海外の投資家の中にはなぜそれが簡単ではないのかわからないという声もあった。長期投資家は普段、議決権基準日を意識していない。したがってそんなに前にすでに基準日がきていたことに気が付かなかったのだ。

一方昨今日本政府は、株主アクティビズムの高まりを歓迎しており、年々多くの企業が株主提案を受け取るようになってきている。取締役選任議案などをファンドから提案されても、たいていは基準日を過ぎている。仮にその株主提案が不合理だと思っても、どんなに有報等で健全な財務状況、配当余力、事業計画を訴えたところで、会社提案に賛同する株主が増えることもない・・・、ということだ。

 

基準日を有報の後にするメリット

多くの国では、まず決算を含む法定開示が発表され、それから株主総会基準日がくる。仮に日本のようにこれに配当基準日まで紐づけていれば(配当基準日の在り方は各国異なる)、最新の決算によって財政状況や配当余力を確認した後で、株主になることができる。財務だけではない。取締役の構成やガバナンス、事業の取り組みに将来価値(将来キャッシュフロー)の向上を期待すれば、やはり株式を取得し議決権を行使しようと考えるかもしれない。こうして株価はある意味、理論価格に近づくことができるだろう。そして最終的には、次の取締役や社の戦略に期待する株主が、株主総会で議決権を行使するだろうと期待することができる。

今の日本のスケジュールではこうはならない。決算が確定しどれだけ良い結果であっても、素晴らしい事業計画を示しても、それが良いと思う投資家が、その時点から新たに議決権を得ることはできない。逆に配当を受け取る権利を得たらすぐ株を売り、もう自分が保有しない企業への議決権を真面目に行使しないかもしれない。社の将来にとって重要な取締役専任議案に、すでに株をもっていない投資家も投票権がある・・・という制度になっている。

株主総会を有報開示の後に開催すべきというより、有報開示の後に株主総会基準日を持ってくるべきだ(同じことだが)。今後株主アクティビズムがさらに盛んになれば、株主総会はその企業を理解し将来に期待する株主で迎えることが、企業にとってもベストな結果につながると考えられるからだ。

 

重い第3四半期の役割

昨年金融庁は四半期報告書をやめる決定をした。その影響はこの7月から見ることができるだろう。筆者は第1四半期ではなく第3四半期の報告書がなくなる影響を危惧している。もちろんみな決算短信を発表し、決算説明会をするだろう。しかし四半期報告書がなくなり、監査法人のレビューがなくなることによって、クオリティが損なわれる心配が大きいのは第3四半期のほうだ。現在の日本ではこの第3四半期の数字をもとにした予想配当で、配当落日を迎えるからだ。2024年の3月末には筆者も目を見張るほど配当予想を高くしている会社を見かけた。6月末に開催されたある高額な配当を提示した企業の株主総会で「配当が利益に対し高すぎるのではないか。(長期の株主還元であれば)自社株買いを組み合わせてはどうか。これだと配当落ちで株価が下がってしまう」という発言が聞かれたほどだ。

今後四半期レビューも行われずに発表された配当予想が、その後決算までに修正されるということが頻発しないだろうか。議決権基準日と共に配当基準日が、決算が発表された後に設定さていれば、それでも心配する必要はあまりないのかもしれないが。

もちろんサステナビリティ情報開示に時間がかかるのは理解できる。しかしサステナビリティ情報を財務情報と一貫させるのは、そもそもなんのためだったのだろうか。一貫させるために有報派株主総会よりあとでいい、となるのであれば矛盾している。たしかにアシュアランスまで含めれば開示には今よりずっと時間がかかるかもしれない。しかし有報を本来の意味で生かすためには、より包括的なピクチャーをおいて、議論を進めて欲しいと思っている。