投函者(三井千絵)

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伝統を変えるには?

4月3日、岸田首相は「有価証券報告書の開示時期を株主総会前にする環境整備について、金融庁を中心に検討を進める」と表明、その背景はこれが「海外の投資家からの要望」と理解されているため、今回は少し前進するのか期待できるところがある。同時にその議論の方向性にも心配がある。

これまで幾度となく議論された問題であるが、国内の賛成意見はまだ多くはなさそうだ。そして開示を行う企業側と、情報を必要とする投資家側で意見が対立するといったようなシンプルな関係にならない。たとえ問題があっても、これまでの習慣を変えるためのハードルは、投資家も企業も同じだからだ。

 

有報→株主総会という順番のメリット

有価証券報告書のような制度開示は、日本以外の多くの国で株主総会の前に発行される。この報告に基づいて株主総会で審議を行うためだ。日本では株主総会の議案決議に必要な情報は、別途会社法に基づいた事業報告書が作成される。この要件は「金融商品取引法」が投資家のために作成を求める有価証券報告の開示要件より少ない。このように似たような開示を求める法律が複数あるのは決して日本だけではないが、通常金商法にあたる規制開示は、会社法(全ての企業に対する法律なので、金商法より開示の量はふつう少ない)が求める要件を凌駕するため金商法開示が代替えできたり、双方の開示要件をまとめて一通の年次報告書に記載したりしている。日本は有価証券報告書に、株主総会で決議した内容を含めて提出してきたこともあり、議決権行使の段階では、会社法の事業報告書と決算短信しかない。だから有価証券報告書と目的や対象企業がほぼ一緒の決算短信の開示内容が多くなり、企業の手間を増やしているともいえる。もし有価証券報告書が株主総会より先に発行されれば、決算短信のページ数は少なく済むだろうし、事業報告書も必要なくなるだろう。そして有価証券報告書に開示が義務付けられている政策保有株や、詳細な役員報酬の方針などが株主総会前に開示されることは投資家にとって便利なはずだ。

 

コロナ禍株主総会を遅く

複数発行しているレポートをまとめることができれば、最終的には企業の負担は減ると思われるが、この議論は「有報を株主総会前に提出」と言われているため、”有報をさらに早く提出せよ”というところだけがハイライトされると受け入れ難いだろう。しかし株主総会が後ろ倒しになるというのはどうだろう。

コロナ禍がはじまった2020年、株主総会を遅らせざるを得ない状況が生まれた。この時はもともと急に実施されたロックダウンなどによって決算が予定通りできないことによる措置なので、今後議論される観点とは少し違うが、重要なのは「株主総会はどうしても6月末に行わなければならないのか」を考え直す機会だった。

2020年4月16日、金融庁ホームページにおいて、関連省庁等からなる協議会による株主総会に関する考え方が発表された(「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」)。この発表では、①株主総会はいつでも日程を後ろ倒しにすることが可能である、②それでも様々な事情により予定どおり開催したい場合でも、決算の承認だけを別途(数カ月後に)“継続会”という形で開催しそこで行うことが可能である、と説明されていた。ここで重要なのは総会の日程は変更できる、ということだ。しかしこの年ですら、総会の日程を後ろ倒しにすることは多くの企業にとってはなかなか難しく、実際は多くはなんとか予定通り総会を開催した。(関連記事「新型コロナ危機下に株主総会を予定どおり行うか、未来を見据えて判断を」中央経済社・緊急情報発信サイト)また投資家側でも、年間のルーチンワークになっている株主総会の時期が変わることには抵抗を示していた人もあった。(関連記事、「新型コロナ緊急事態宣言下の有価証券報告書と株主総会」)

 

株主総会前に発行された有報の利便性

総会前に開示された有報は、議決権行使には非常に良い資料となる。同じコロナ禍の2020年、オリンパスは「確定済みの計算書類を報告して株主に議論をしてもらう」ことに拘り株主総会を7月末に延期、7月6日に提出した有価証券報告書は株主総会資料として活用できた。(関連記事:「コロナと戦う開示⑬株主総会前に有価証券報告書を提出したオリンパス」中央経済社)総会前に開示される有報の特徴として役員の一覧は現時点での役員と候補者の一覧が並ぶ。これだけでも、候補者しか掲載されない招集通知よりもあるべき記載だ。また2020年から導入された監査上の主要な検討事項(KAM)についても総会前に提示された。コロナによる経験のない事態に、事業に関わる資産の減損が懸念された年で、KAMが株主総会前に提示されることは株主総会に向けた投資家と企業の対話には役立つといえる。オリンパスはその後も有価証券報告書は株主総会前開示を続けているが、たとえば2022年は提出日が6月21日、株主総会が6月24日とわずか3日間となっており、せっかく株主総会前に提出した有価証券報告書をもとにした対話というのは難しいだろう。

 

未だ少ない総会前の有報

コロナ禍の緊急措置から3年たった2023年の6月総会の企業について、株主総会前に有価証券報告書を提出した企業は、EY新日本監査法人の調査によると、33社だったそうだ。当時よりは微増だが増えない理由には、せっかく株主総会前に提出しても、わずか数日前であれば議決権行使はおろか株主総会に向けた対話でも生かしづらいということも一因ではないだろうか。

有報を株主総会の前に出すより、2020年のように株主総会を遅くするほうが、やはり理にかなっているように感じられる。もし3週間前に発行できるのであれば、招集通知に事業報告書を添付する必要はなくなるだろう。そのような対応は難しいのだろうか。また、たとえば体制の厚い会社は有価証券報告書を早く発行し株主総会を6末に行ったとしても、そうではない会社は有報は6末のままで、株主総会を7月に後ろ倒しにすれば、長年懸案事項であった“株主総会の分散”にもつながる。

 

金融庁では今後どのような議論が行われるのだろうか。金融庁の審議は比較的いつも駆け足で、パブリックコメントなどが行われても期間がとても短くなかなか声を発しにいくところがある。しかもすでに議論は「有報の総会前開示」となっているように受け取れる。「総会の有報後の開催」という考え方も併せ持ち、ぜひ多くの意見を聞きながら前向きな議論が行ってほしいと思う。