投函者(三井千絵)
2016年4月に公表となった金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ(以下、ディスクロージャーWG)の最終報告書で提言された決算短信の簡素化(“自由化”と表現されることもある)に向けて昨年11月に東京証券取引所(以下、東証)が行った意見募集には、スチュワードシップ研究会を含むいくつかの団体がコメントを送り、それぞれの団体ホームページに掲載したが、その中には海外の投資家、投資家団体からの意見発信もみられた。
それらの中で特に重要と思われるものを紹介したい。
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ディスクロージャーWGでは当初(1)株主総会用の事業報告書、有価証券報告書、そして決算短信と、複数ある制度開示の書類の役割分担を見直し負担を軽減すること、(2)日本では株主総会の日程が集中するだけでなく、期末から総会までの日程が短く十分に対話の時間がとれないこと、等が問題提起されていたがそれらに対する直接的な改善策の提言には至らず、途中から議論された監査の日程問題に対する配慮からか、決算短信の簡素化が提案された。具体的には「投資者の判断を誤らせるおそれがない場合」には財務諸表本表の添付を必須としないこと、そして現在は固定フォーマットとなっているサマリー情報の記載の自由化を認める(開示が求められている項目を企業の判断で削減することが可能となる)ことだ。
唯一のアナリスト経験者であった委員は繰り返し「このような重要なことは投資家の意見を聞いて決めるべきだ」と発言したが、他の委員から「アナリストレポートが書かれるのは上位数百社。それらの企業は決算短信を簡素化しても十分に情報を出すだろうから、(セルサイド)アナリストは困らないのではないか」といった発言もあり、そのまま最終報告書に盛り込まれた。
その半年後、東証はディスクロージャーWGの最終報告書に合わせて決算短信簡素化に必要な制度変更を実施するのにあたり、昨年10月28日から1か月間、意見募集を行った。
この意見募集からはディスクロージャーWGで展開された議論はほぼ見えないが、これに対しスチュワードシップ研究会を含む多くの意見提出団体が最終報告書の論点まで戻り、重要な点を整理したコメントを送付した。投資家側からの意見は、非公開も含め(互いに意見交換を行った限りでは)議決権行使前の注記まで含めた完全な財務諸表は決算短信でしか得られず、そもそもの問題を解決する前に決算短信だけ簡素化するのは本来の目的に合わないといったものが多かった。
スチュワードシップ研究会の意見は下記を参照していただきたい。
http://stewardship.or.jp/wp-content/uploads/2015/07/79aa32e515d200527988c6ebd0a484f2.pdf
一方東証の”簡素化”を歓迎する意見もある。JICPAでは東証に送ったコメントを次のようにホームページで公開している。
http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/files/4-99-0-2-20161219.pdf
その内容をみると投資家団体の意見とは逆に「決算短信 の要請はサマリー情報のみで足り」、「開示項目を削減した概数をベースとした記載例も様式として記載するなど、形式的ではなく実質的に運用が変わるような対応もあわせて検討していただきたい」と、東証は“自由化”としているにも関わらず、新たな様式を導入しても項目の削減を実現することを目標としている。サマリーが作成できるのであれば財表は提出できる状態になっているはず、という指摘を意識したものかもしれない。
これらに対し、冒頭で述べたように海外投資家も意見を提出している。
昨年12月上旬には、ロンドに本部をもつInternational Corporate Governance Network(ICGN)が、東証にコメントを送ったことをホームページにて公表した。
https://www.icgn.org/sites/default/files/ICGN%20-%20TSE%20Consultation%2029%20Nov%202016_0.pdf
ここでは、先に挙げた国内投資家の意見と同様、株主総会前に入手できる唯一の財務諸表を提供する決算短信が重要であること、このような特定のケースの自由化は時に適切ではないということが述べられている。
また、日本株に投資する40以上に及ぶ海外の機関投資家の担当者がサインをしたコメントレターも東証に提出された。これは投資家同士がお互いに声をかけあって署名を集め作成されたもので、提出直後は一般に知ることはできなかった。しかしこのままではせっかくの意見が肝心の日本企業にシェアされないということで、取りまとめ人の一人であったスタンダードライフの担当者が、署名を抜いたバージョンを別途作成し、ホームページに掲載した。
http://www.standardlifeinvestments.com/Collective_Letter_To_Tokyo_Stock_Exchange/getLatest.pdf
このレターでは、冒頭から株主総会の前に提出される短信の重要さが繰り返し説かれ、株主総会までの時間が短いこと、それによって企業にも負担がかかっていることを懸念しつつも法定開示による完全な財務諸表が決算短信に添付されることの重要性を強く訴えている。
特にこの後者のコメントレターは、JICPA、東証を含むディスクロージャーWG関係者の多くにぜひ一読頂きたいと思う。期末から株主総会まで諸外国に比べても短い期間で対応しなければならない困難は海外の投資家のほうが重い。そもそもスチュワードシップコード導入以来、一連の改革は投資家との対話の改善を目指していたはずではないのだろうか。
ところで今回の東証の対応は、現状どおりの開示を妨げるものではなく最後は企業の判断となっている。どのような意見が発信されようとも、企業が最終的にどう考えるかが重要だ。
コーポレートガバナンスの向上を目指してコードを受け入れた上場企業が、自社と投資家との健全な対話のためにどのような対応をとることになるか、逆にいえば上場企業各社が「どう判断するか」を国内外の投資家が注目している。ここからより強い信頼関係が生まれることを期待したい。