投函者(三井千絵)

アジアに投資するグローバルな機関投資家の団体ACGA(Asian Corporate Governance Association)が12⽉5⽇に公表したアジア各国のコーポレートガバナンス達成度ランキング(CG WATCH ※これはサマリーで別途詳細な報告書が発行されている)で、⽇本の順位が前回(2016年)の4位から7位に下げられた。(※本ブログでも先日結果のみ紹介した。)

この結果について日本国内では反論もあるようだが、今年から新しくなった評価フレームを理解すると、結果は妥当と思われる。

CG Watchはアジア地域の各マーケットに投資する場合の課題等をとりあげて調査と分析を行ったものであり、必ずしも投資家と企業のガバナンスの達成度だけを評価したものではない。今回の評価フレームの変更も、昨今のガバナンスに関する課題を反映させたものであり、変更そのものも評価できる。評価方法は、7つのグループに体系化された121の評価点に対し、制度やレギュレーターから調査するトップダウンリサーチと、個別企業から調査するボトムアップリサーチを組み合わせて採点している。評価の対象にはレギュレーターの役割、ルールの整備、また社会全体の理解度やマスメディアの役割まで含まれ、総合的にかつ詳細に調査を行っている。従って報告書は、⽇本のガバナンス改善に対する取り組みは、海外に比べどこが弱いか等を客観的に知る助けとなる。財務諸表の透明性や、経営者の責任といった点においても、他国に比べ制度も慣習も決して優れているとはいえないことも理解できる。この2018年の報告書で日本がどのように評価されたかを少し紹介してみたい。

 

新CG WATCHは、次の7つのカテゴリーから構成されるようになった。

1.政府、公的機関のガバナンス
2.規制当局
3.コーポレートガバナンスに関するルール
4.上場企業のガバナンスの状況
5.投資家
6.監査⼈、監査⼈の監督機関
7.市⺠社会、メディア

この中でアジア12カ国(地域)平均を日本のスコアが大きく上回っているのは、「5.投資家」、次に「7.市民社会・メディア」である。「2. 規制当局」や「5.投資家」が今回新たに追加された主な評価点だが、それだけが原因でランクダウンしたわけではない。特にアジアの平均より日本のスコアが低いのは「3.ルール」となっている。そして「4.上場企業のガバナンスの状況」もずいぶん低くなっている。

調査はACGAとCLSA(香港をベースとした投資銀行・証券業務を行う)で分担して行い、ACGAはトップダウンアプローチ(レギュレーターから調査を行い、徐々に産業、企業と調べていく)を担当し、CLSAは企業にフォーカスしたボトムアップアプローチを行い2つの結果は最終的に集計される。それぞれ公開された情報だけでなく個別にレターを送りヒアリングも行う。

今年のレポートは、冒頭からこれまでのCGWatchでトップを争ったシンガポールと香港に対する失望から始まっている。理由はこの2つの市場がDCS(Dual Class Shares ここではそれぞれ異なった条件の種類株を別々に上場させることを指している)を導入したことによる。レポート冒頭ではこれは「少数株主の利益を侵害する」とし「一度ガバナンスが成熟したはずの市場でこのようなことが起きるのかなぜか」とガバナンス改善への道のりの難しさを訴えている。そして香港、シンガポールは順位を下げる可能性があったのに、最終的には順位の変動がなかった、それは他の国もなんらかも問題を抱えていたからであり、誰もがパーフェクトではない、と述べている。

日本もDCSは、東京証券取引所において以前から導入されていた。ただここで報告書が読者に求めているのは、ガバナンスランキングで不動の地位にみえた2地域が順位を下げたかもしれない、ということから“アジアのガバナンスは本当の意味において改善していたのか?”というskepticismの必要性ではないだろうか。

報告書は、“ガバナンスを改善するために何が必要か”は簡単な答えはないが、投資家と企業だけではなく、厳格なルールや厳しい監査、そしてジャーナリストの洞察力もそれを支えると延べている。例えばこれまで各国が取り組んできた“Comply or Explain”の概念についても、若干Complyの意味が緩慢にされていないだろうか、また市場に必要なことは透明性、説明責任と公平性であるが、それらにおける“ベストプラクティス”の議論はそれに適合しているという合意があっただろうか、中核となる原則や規則の上にそれが構築されなければ、結果的に公平性を損なわせる危険性がないか、といった指摘をしている。

 

次に各評価点について、日本を中心に具体的に述べていきたい。

まず「1.政府、公的機関のガバナンス」については、日本の得点は高い。しかしオーストラリアとともに、一般的に他国にあるnational anti-corruption agency のような専門の組織がないことはマイナス点として挙げられている。ここでは、ガバナンス改革に対する各国の全体的な戦略、金融規制当局に対する政府の関与(支援)、少数株主の保護に対する法的な整備と言ったことが問われている。日本については、詳細な報告書にはパブコメの期間が他国に比べ異例に短いことも指摘されている。また経産省が独自に開示のベストプラクティスに取り組むのは他国にみられない取り組みと述べ、一方金融庁が他国同様、最低ガバナンス基準の引き上げと企業の透明性の向上を目指しているのに対し、経産省は企業による柔軟性や開示の簡素化を進める傾向にあり、投資家や企業に対し混在したメッセージが送られる結果になっていると分析しているところは興味深い。報告書ではこれが“CGコードが導入された後も、繰り返し抵抗が示され、結果的に驚くほど緩い(柔軟な)規則になる理由を説明することに役立つかもしれない”としている。

「2.レギュレータ」については、日本は中国より下の9位だが、シンガポールは更に下になっている。ここではまずレギュレータが十分な活動ができるような予算的措置がとられているかどうかが注目されている。例えば、金融庁は他国の金融当局と異なり、独立したファンドがなく毎年予算申請する必要がある。しかも金額は香港等と比べても(マーケットサイズは大きいのに)少ない。しかしここでハイランキングされている国はむしろそのエンフォースメントが評価されている。昨今アジアだけでなく英国等でも、企業の内部統制の不足からくる不祥事や、会計不正が発生するたびに、規制当局の権限の強化、或はガバナンスに関するルールの厳格化などが求められる傾向がある。報告書では効果的なエンフォースメントは市場の信頼を築くのに役立っている、と分析している。

サマリーではないが詳細な報告書では、金融庁のこれまでの取り組みを高く評価しながら、制度において、証券規制当局に他国で一般的にあるような独立した立場の委員で構成される監督機関(モニタリング・ボード)がないといった点を指摘している。また、顧問・相談役の開示が導入されたものの任意であることの問題点に触れ、更に有価証券報告書が株主総会前に提出されない点に注目している。日本が会社法と金商法に基づく報告書が別々に編纂されてきた歴史も十分解説し、更に関係者による事業報告書との内容の一致に向けて議論を行ってきた点も評価しているうえで、それでもなお市場の信頼性向上という観点からは、監査済みの詳細の注記を含む有価証券報告書の総会前提出の重要性を議論したいだろうということは、現在株主総会前に有報提出を行っている企業の具体名を報告書に挙げている点からも伺える。(実際、報告書の公表前にこの調査に実際あったACGAのメンバーから「日本企業はどうして英文の報告書に、財務諸表の注記をきちんと掲載しないのか」と苦言に似た質問を受けた。

「3.CGルール」については、アジア全域の問題として、内部者情報の開示や、規制、役員報酬の開示、独立取締役の定義、資本調達に関するルール整備などが評価され、日本は再び点が低い。その一つに、これまで投資家との対話に重点が置かれ、厳しい規則よりむしろソフトローに重きを置いていたこともあり、結果的に少数株主の権利の侵害に対し対処がまだ十分にできていない、と分析されている。

「4.上場企業」についても日本のスコアが低い項目の一つとなっている。独立社外取締役は増えたが、実際取締役会の体質は改善されたのか?という点について様々な調査が行われている。日本企業は確かに、CGコード導入以降、実際独立社外取締役の数は増えている。しかしCGコードが始まった”後で”追加された“監査等委員会設置会社”は、これまでも社外監査役を2名選任する会社はそれなりに存在したため、これを監査委員会とすることで、監査役が取締役の一員となり“社外役員2名以上”の条件がクリアできる・・・つまりとりあえず“形式だけ対応した”か、或は“抜け道”をつくったように受け取られても無理はない。これに対しアジアの他の国では、たとえば台湾は今年全企業に監査委員会の設置を義務づけた。大変な決断だったと思われるが、背景は会計に関する不祥事で独立社外取締役が株主から訴訟されるといったことがあり、独立社外取締役の発言権強化が必須となってきたそうだ。今の日本の対応は”とりあえず”の応急処置であれば、当然次のステップを示す必要があるだろう。
また、前述でも触れたが、日本企業の開示はけっして他国に比べて多くはない。特に英語開示の質と内容には海外の企業に比べて致命的に問題がある。

台湾では外国⼈投資家⽐率が⾼い上場企業約300社に英⽂開⽰を義務付けたほか、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムでも、上位100社の英文開⽰資料を元に、毎年そのコンテンツに対するスコアリングを行い国別にその向上度を競い合ってきた。この取り組みは今年飛躍をとげたマレーシアのセキュリティコミッションがリーダーシップをとってきたが、シンガポールやフィリピンはともかく、タイやインドネシア、そしてベトナム(注:ベトナムは50社)でもそれだけの企業が英文で年次報告書を作成しているということだ。

その他「5.投資家」では日本は高く評価されている。しかし同時に報告書ではスコアが低い国であってもそれがその国の投資家が効果的なエンゲージメントや議決権行使をしていないことを意味する訳ではなく、数が少ないという状況もある、とコメントしている。そして、「6. 監査⼈、監査⼈の監督機関」、では日本はアジア平均よりやや高いが、アジアの多くの国で既に始まっているKAM(Key Audit Matters:監査における重要項目)の開⽰がまだ⾏われていないことは問題点として指摘されている。

 

以上のように、CG WATCHは様々な分析を行い、その結果「7位」というのはおおむね妥当だと言える。ただ重要なのは順位ではなく、これはここで挙げられたひとつひとつの課題を考えるチャンスだということだ。我々の多くは、互いの国のことを知らないし、日々の活動に埋没すると課題も見逃しやすくなる。今アジア12カ国(地域)を比較した大量の分析結果が得られた、これを生かすも逃すも我々次第だ。より良いマーケットにしていくために、様々な関係者で次に何を取り組んでいくべきかを考えることができれば、それこそがガバナンス改革の成果といえるのではないだろうか。