投函者(三井千絵)

ロシアがウクライナに侵攻すると、グローバルな機関投資家などによるガバナンス団体であるICGNは直ちに声明文を発表した。その後さまざまな投資家、企業が声をあげている。戦争が及ぼす人権、社会の持続可能性、エネルギー転換に対する影響について、投資家の考えを取り上げたい。

「戦争と投資の責任(1)」「戦争と投資の責任(2)」はこちらから

 

ESG投資家は武器を取るのか

The Wall Street Journalは3月2日、スウェーデンの金融グループSEBがESGの方針を変更し、武器メーカーや防衛産業への投資を一部のファンドで始めると報じた。4月1日から100以上のファンドのうち6つで防衛事業から収益の5%以上を生み出す企業に投資できるようにするということだ。その理由として、ウクライナ侵略に端を発したこの数か月の深刻な治安情勢や地政学的緊張の高まりが顧客の意識を変えた、と述べた。

これについて、ESGを重視する内外の機関投資家に意見を聞いた。様々な意見が聞かれたが、コロナやユーロ安の中で防衛産業の株価が上がっている・・・、と見ることもできる。しかし“顧客の意識”はそんな短期的な利益が理由ではないだろう。むしろウクライナの状況が赤裸々に報じられる中、人権ないしは自らの安全・サステナビリティのために、“武器は必要”という意識が芽生えている、と多くは考えているようだ。

「国際社会には優先順位があると思う。仮にウクライナ以前は、1.温暖化対策、2.金融システム、3,経済、4,安全保障というような順番だったとして、今は、特に地続きの欧州では4の優先順位があがってしまうのではないか・・・」とある証券系資産運用会社のアナリストは述べた。

 

EUの投資家はどう見ているか

EUの投資家でもこれらの議論が盛んにおこなわれている。SNS等で行われている意見交換では投資撤退が本当に役立つのか、これまでのESGの在り方について触れているものもある。「ミャンマーから投資撤退したことはミャンマーの人々を救ったのか?防衛企業がウクライナ人を助けることができる場合、投資家はどう考えるべきか」3月4日、Financial Timesは「防衛産業は今ESGか?」という記事を掲載した。記事はラトビア首相が「防衛は倫理的ではないのか?」といった発言をとりあげ、独裁者と弱者の両方にサービスを提供できる防衛産業が難しい現実を述べた。もちろん戦争はいけないことだが、自らの落ち度がないのに侵略された人々に対し武器を提供したらそれはSの精神のもとでの行動ではないのだろうか?あるロンドンの投資家は「この1月にEUで天然ガスと原子力をタクソノミにという議論があったばかりで、我々は今ESGの定義は流動的なほうが適切だと思い始めている」と述べた。そして「武器については、ある人の防衛兵器は別の人の攻撃兵器になる。つまりウクライナの銃は良く、ロシアの銃は悪い銃だ」と語った。

しかし、これまで資産運用会社でロシアへの投資について声をあげているところはあまり聞かない。その背景のひとつに運用会社は顧客との契約に基づいて行動しているということがある。そしてESGとは何かが、長期の運用の間に変わるというのはこれまで想定にない。別のロンドンをヘッドオフィスとするある独立系アクティブ運用のファンドマネージャーはこういった。「一般に混同されやすいが、株主(運用会社からみたら顧客)の責任と、資産運用会社が顧客から託された資金に対する運用責任は違う。我々は顧客がダイベストメントを変更してくれといったら従うことになるが、これを途中で変更するとパフォーマンスへの設計が狂う。顧客が重要だと考えれば取り組むが、パフォーマンスへの予想される影響を相談し納得してもらう必要がある」と述べた。前述の証券系運用会社のアナリストは「今回我々が向かい合ったのは、今までの常識の流れを大きく変える歴史の変節点だと思う」と述べた。

 

金融機関のサガとリスク

一方で先週末から、多くの人に眉をしかめさせるようなニュースも聞こえ始めた。35日、ブルームバーグは、ウォーレン上院議員が“ウオール街が対ロシア制裁を台無しにしている”、と批判していると報じた。それに先立ちブルームバーグは、JPモルガン・チェースとゴールドマン・サックス・グループが急落に見舞われたロシア関連の社債を購入していたと報じており、それを元にした発言だった。同様に3月4日、英国シェルはロシア産の原油を過去最安値で購入。これは制裁には違反していなかったが、ウクライナの外相にツイッターで批判されたことがニュースとなった。Reutersは36日、シェルがその利益をウクライナの人道支援基金に回すと発表したことを報じた。もともとマーケットには価格を調整する機能がある。制裁はその機能を封じるが、多くの企業がロシアの制裁に参加する中で、これらの行為が自らに及ぼす影響は何か?「そういう恥ずかしい行為はどうしても出てくるだろう。しかしそれによって彼らが失うものは信用だ」と上記のロンドンの投資家は話した。日本のある独立系資産運用会社のファンドマネージャーは連日乱高下する相場に眠れない日々を過ごしている。「金融機関には我々のような資産運用会社とは違うところもある。我々はその時の相場だけに対応し動くことは基本ない。しかし彼らは瞬発力をもって行動する。損失回避は重要だし、そもそもグレーな所が利益の源泉だと思っているかもしれない。日本の銀行・商社はこのようなことはしないと思うが・・・」と答えた。

160カ国で17万人に投資家・アナリストが取得する資格を提供しているCFA協会は先週、Dear Colleagueで始まるメッセージを送った。そこでは経済制裁の発動を支持し、それが適用可能な法規制とともに守られることを監視していくと述べた。

 

サプライチェーンからロシアを外す会社

一方で様々な企業がそのサプライチェーンからロシアを外す発表を行なっている。ウクライナ大使館はそのような企業の一覧を発表している。そこを見ると日本企業でもホンダ、マツダ、キャノン、パナソニック、ソニー、リコー、ニコン、富士通、東芝などが並んでいるが、前述のシェルもそこに名を連ねているようだ。

 ビザとマスターカードは35日、ロシア国内で発行されたカードの使用と、国外で発行されたカードのロシア国内での利用も停止した。時事通信は、ビザは「ロシアによるウクライナへの理由なき侵攻を受け、行動を起こさざるを得なくなった」と表明、マスターカードは「不透明な経済環境などを考慮した」と説明したことを報じたが、それぞれロシア国内で発行されたカードの国内での利用は継続されることからそのインパクトは期待するより少ないかもしれない。むしろ取り組みは投資家をはじめとする顧客やステークホルダーに対するアピールなのだろうか。

 日本のある環境投資に取り組む独立系ファンドマネージャーは「ESGムーブメントは影響を与えていると思う」という。「しかし経営者に対しては、勇気に賛辞を送りながらキャッシュフローと割引率と企業価値にどんな影響を与えるかはシビアに説明を求めたい。経営者にはその責任がある。機関投資家が運用するお金は、委託者のお金なので自分個人の道徳ではなくアセットオーナーの意図に従う必要がある」と述べた。一方別のESGアナリストは「ロシアを外すのは倫理的というよりそもそもリスクが大きすぎるからではないか。制裁もあり、ESGというよりコンプラ・リスク対応の側面も強いと思う」と述べた。

 ファーストリテーリングの柳井CEO37日、「衣服は生活の必需品。ロシアの人々も同様に生活する権利がある」と述べたことをブルームバーグが報じた。同じような発言はウイグルの時にも聞かれたが、それは売り上げにどれほど響いたのか。ESGや社会へのインパクトに対し、投資家ができることはまだまだその途上なのかもしれない。

 (続く)