投函者(三井千絵)
ロシアがウクライナに侵攻すると、グローバルな機関投資家などによるガバナンス団体であるICGNは直ちに声明文を発表した。戦争が及ぼす経済、エネルギー、ビジネス、そして従業員や顧客、サプライチェーンへの影響など、企業も投資家も考えなければならない。そのような中、日本の3月期決算の企業には本決算シーズンがやってくる。
「戦争と投資の責任(1)」、「戦争と投資の責任(2)」 「戦争と投資の責任(3)」はこちらから
すでに経済は世界大戦なのか?
ロシアへの経済制裁はこれがはじめてではない。しかし今回はSWIFTが遮断され貿易や資本取引に支障が出ており、航空会社の相互発着禁止や領空飛行の禁止による物流への影響もあり影響の規模ははるかに大きくなっている。それに続き、昨今のESG経営・投資の考え方からグローバル企業はそのサプライチェーン全体の人権やガバナンス、排出量といったESGの取り組みを見ていくことが求められており、ウイグルやミャンマーに続き様々な企業がロシアにおけるサービスや商品の提供を停止した。ビサとマスターカードはロシアと海外間でのカード利用を停止、ロシア国内ではルーブルの急落と物価の上昇が発生し、現地に従業員がいればその生活は困難になっているだろう。従業員を帰国させようとしても既にロシアからの直行便はなく、逆に海外ではクレジットカードが使えなくなったロシア人が立ち往生した。これだけ一つの国の経済が突然切り離されることを予想できただろうか。あたかも経済の戦争が始まったかのようだ。
1990年にモスクワでオープンしたマクドナルドは3月13日全店を休止した。マクドナルドは休止後も数万人の従業員に給与は払い続けると述べている。一方「ロシアの人々も衣類が必要だ」と営業を続ける宣言をしたファーストリテーリングは、SNS等で批判され、数日後にそれを撤回した。
原油は3月第2週ごろから禁輸が議論されたが、その前週にシェルがロシア産の原油を安く買っていたことが批判された。しかし原油価格は上昇を続け3月7日には各地で13年ぶりの高値となった。その後価格は下がっているがこの間NYダウ、NASDAQなどは急落した。一方世界的に物価上昇による金融緩和引き締めの議論にあわせ金利が上昇しており、円は対ドルで下落している。
経済制裁下の年次決算
そのような中、日本の7割の企業は後2週間で期末を迎える。これは2年前を思い起こさせられる。2年前もCOVID-19によるロックダウンが世界中に広がる中、3月決算企業は年次報告の作成が始まった。報告する決算では2020年1月ごろからはじまったコロナの対応は長くて1年の1/4の期間であり、その決算に影響は限定されていたたが、事業の将来に対する不確実性は最も高い時期で、配当や資産の減損の判断、翌年の業績や配当の予想を困難にした。ASBJや金融庁はコロナ禍において経営者がどのように見積もりを立てたかを投資家に説明するよう、2020年4月9日「会計上の見積もりを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」を発表し、その透明性を高めようとした。金融庁も、5月22日には「新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示について」という文章を発表、また同じ年に偶然、監査上主要な検討事項Key Audit Matters(KAM)の開示の早期適用もあり、徐々にコロナ後の経営を鑑みた良い開示も見られるようになった。
それから2年たち、ロシア・ベラルーシ経済制裁による事業への影響、金利や為替、原油価格などさまざまな今後の見通しが難しい状況下において、多くの日本企業は再び、先頭で年次決算を迎える。日本企業の経営者は今、どのように将来を見通し、どのような対応をおこない、それをどのように投資家に説明するべきだろうか。
投資家は経営者に、どのように説明して欲しいと考えているか
投資家と経営者の間では、既にエンゲージメントでこの話題は避けられなくなっている。ある香港を拠点とする日本株に投資をするヘッジファンドのアナリストは「確かに戦争の行方は不確かだが、かといって一般論ではなく、直接的な影響、拠点はどうなっているのか、顧客やサプライヤーの状況、需給はどうなっているかについて具体的に話してほしい」と思っている。そして直接ロシアでビジネスをしていなくても原材料費や電気代、物流費がどうなっているかを知りたいと考えている。しかし一般に、特に国内の経営者は具体的なことや不確実性の高いことを話したがらない傾向がある。別の国内外資系資産運用会社で働いていた元ファンドマネージャは「短期のインパクトだけに注目するのではなく、10年、20年のタームで何が変わるか、変わらないかを経営者が今どう考えているか話してくれたらと思う」という。「正解は誰にもわからないが、今こう考えるというものをもらい、結局ビジネスの根幹は揺るがない、という見解であれば堂々とそれを話して欲しい」そうだ。
3月初めにはBPやシェルはロシアからの事業撤退を発表したが、三井物産、三菱商事はそれぞれ12.5%、10%出資しているサハリン2の事業を撤退すべきかどうか、未だ検討が続いている。「未だ2社の戦略が伝わってこない。エネルギーは重要とは言え、先延ばしにしても弱みが積み上がり、最終的にはもっと大きな影響になるのでは」とある信託系運用会社のアナリストは考えている。独立系運用会社のファンドマネージャーは「実際の影響のあるなしは別として、今年はみなコンサバティブな予算を組むのではないか」と見ている。「企業がどうリスク判断しているのは、サプライチェーン体制の見直しも含めて、変化対応力があるかを見たいのに」と別の保険系運用会社のアナリストもやきもきしている。一方で別の欧州系運用会社のファンドマネージャーは「某大手損保会社が“影響は大変小さい”と答え、本当だろうかと悩んだ。「こんなにグローバルに多くの企業に影響がでているのに、トップがこんな見方でいいのだろうか」。また米国系運用会社のアナリストは、「日本企業の中には、サプライチェーンは自社にとって大きな課題ではないのに開示強化しなくてはいけないのかと不満を聞くことがある。しかしエネルギー問題、市況問題を含め関係ない企業は無いと実感している。具体的な影響額をすぐに試算はできなくても、いくつかリスクシナリオをもちそれぞれの対策を講じる、資本市場とのコミュニケーションでは額そのものがないなら対策と管理体制を語ることが必要だと思う」と述べた。
事業と社会の将来、経営者への期待
企業に説明して欲しいこと、とは結局は経営者に果たして欲しい責任だとみることができる。では投資家側は、今彼らにどうして欲しいと考えているのだろうか。ESGを重視する投資家は、その投資先として資する企業であってもらうために、経営者にどのような行動を求めているのか。
エネルギー関連の年金基金でESG投資をするあるロンドンの投資家はこう言った。「このような時言えることは、“エネルギー自給”を推進しなければならないということだ。そこにおいて再生可能エネルギーは大きな勝者となるはずだ。一方で原発をグリーンにという議論があったが、ウクライナで起きたことをみれば、なぜこれが無理だかわかると思う。誰が裏庭に核兵器を置きたいと思うだろうか?」エネルギーの問題であれば全ての企業の行動が今問われるところだ。ロシアの原油を買っていれば、その企業が払ったお金はウクライナを攻撃する武器の費用になるのかもしれない。
別のロンドンの投資家は「マクドナルドは、サプライチェーンの問題があって、実際は営業が“続けられなかった”のではないか」と冷静にみている。製品やサービスをいち早く止めた日本企業も同じような理由を挙げていた。「別の観点で、たとえばインターネットサービスがとまればロシア人が情報から切り離され、外国のクレジットカードなどが遮断されれば、彼らが稼いだお金は結局政府にのみ吸収され、戦争を続ける資金となるかもしれない。我々が企業に何をして欲しいかは、彼らの役割によって異なるだろう」と述べた。経営者はいま、長期に短期に指針をもち、具体的な状況を把握し、結果的に周りの企業と異なる行動をとったとしても、それを明確に説明する必要がある。
ウクライナの首都が日々包囲されていく中で、SNSでこんな投函を見かけた。内容の信憑性は確認していない。キーウ(キエフ)である女性がカフェに立ち寄り、支払いをしようとすると店主は「こんな時だからお金はいらないよ。もらっても仕方ない」と言った。女性が「でも私は払いたいんです」というと、店主は言った。「じゃあ戦争に勝ったら、払いに来てくれ」
その事業が長期に発展するには、平和で安定した社会が本来前提だろう。しかし経営者はその前提条件が覆る状況に面する時もある。それでも経営者は、投資家と顧客と、従業員とサプライチェーンをかかえ日々事業の営みを続けなければならない。それでも多くの経営者にとって、さまざまな状況の中で、シナリオをもって事業の将来を見通し、事業と社会の将来のために必要な対応を行い、投資家に説明することは、今キーウのカフェの店主より、少しやりやすいかもしれない。 (続く)