投函者(三井千絵)

 

企業自身のESGデータ作成部分に注目

ESG投資に欠かせないものは実はESGデータだ。ESGに関する開示では、統合報告書や最近だと“サステナビリティ報告書”等と名付けられたレポートで、各社さまざまなストーリーや図表で、自社の取り組みの解説に力をいれている。しかしそういった情報は“投資判断の条件”になりにくく、これらの情報から何らかの形で “データ”を作成して判断を行うことが多い。大抵は投資家自ら作るのではなく、専用のプロバイダが作ったデータやスコアを購入している。このデータはプロバイダが行った計算や推定値が入っていたり、スコアの結果に不満がある企業は少なくない。IOSCOでは2021年にこの問題を取り上げ、提言が含まれたレポートを発行した。それを受けて金融庁も今年の初めに委員会を設置、ESG評価・データプロバイダに向けた“行動指針”を策定している。

この間、英国では少し異なるアプローチがあった。英国の開示関連レギュレーターのFRCは2022年8月 FRC Lab(開示の課題を取り上げ関係者で議論をし問題提起やベストプラクティスを作成するFRCの常設プロジェクト)で“Improving ESG data production”というレポートを発行した。いつものように、公募されたステークホルダーが集まり、議論をしてきた結果をまとめたものだ。これはいきなりESGデータや評価の問題をとりあげるのではなく、ESGデータはどのような動機でどのように集められ、どのように利用されて意思決定に寄与しているかをまとめたものだ。さらにIOSCOのレポートはマーケット全体を取り上げていたが、FRCが注目したのは第三者ではなく、企業そのものがデータを作成することだった。FRCの担当者は「ESG データの現在のあり方と本来のあり方の間にギャップがあると感じた」ことがこの取り組みを行った理由だと述べた。

 

動機・手法・意味

レポートは、まずESGデータを収集したり使ったりする「動機」について整理した。経営者にとってデータは、戦略的目標に対する整合性を確認したり、目標に対する進捗を管理するものだ。投資家等に対してはこのデータを用いて特定の質問に答えたり、業界団体のイニティアティブを満たしているかを示すことができる。次にその「手法」として、データはそれぞれの部署の専門家が収集し、それらをまとめて統合する役割が別途必要であるとか、処理方法としてExcelシートで集めて、さまざまな種類のプラットフォームにエキスポートしているといった実務にも触れ、その後、どのような分析を行っているか、KPIを作成しているか、といったケースを取り上げている。最後は「意味」ということで、これらのデータに基づいて、シナリオ分析をしたり、予測をおこなったりリスク管理をすること、目標に対するパフォーマンスや進捗の分析をすること、資本の配分や調達の選択を行い、これらが役員報酬にリンクしている場合はその評価を行うといったことを挙げている。いずれも経営にとって重要なことであり、かつどの企業もやれているかというと、うまくできていないかもしれない点だ。レポートはこれらをESGデータ作成の意味としてハイライトすることで、元に戻って企業自身にデータを収集する動機として位置付けられるように示している。

つまり、もし経営者がうまくシナリオを作ったり、会計上の見積りなどの予想をたてられなかったとしたら、それは必要なESGデータが揃っていないからかもしれない。ESGデータは単に投資家が用いるだけのものではなく、もともと企業自らが経営にいかすべきものであり、そうでなければ投資家が見る必要もないものだ、ということなのかもしれない。

 

自分自身のこととして考えると・・・

そして各章では具体的課題と、積極的行動を示し、ESGデータ作成への段階的アプローチを紹介している。

例えば「動機」では、事業の戦略から特定のESGデータが必要だと考えるケースや、投資家等とのエンゲージメントもあって、ステークホルダーに関する情報を収集するケースを紹介しているが、それだけではなく逆に昨今ネットゼロに関連するコミットメントを発表し、それに向かって進んでいることを示すESGデータを用いるケースがあると述べた後、“興味深いことに、一部の企業は現状に関するデータを取得し、コミットメントが達成可能かどうかを分析する前に野心的なコミットメントを発表している”と少し辛口な解説もしている。また経営者が自社の状況をセルフチェックするための質問表も添付している。

「手法」では、データ収集の手法のケースを示しながら、実はどういった人材が必要か、どれくらいリソースが必要かという点を挙げ、読者にこれらを考えるよう促している。またデータ収集のタイミングや、そのフィードバックをどう活かすかについて挙げているが、自分自身がデータを収集する立場としてみると、逆に投資家がどういうタイミングでデータが欲しいと考えるかを理解することにつながるかもしれない。「意味」のセクションでは前述のように、どのようにシナリオ策定に活用するか、リスク管理、資本配分の決定、役員報酬のための評価に役立てるかが記載されている。

このようなレポートをFRCが作成者(開示をする企業側、経営者側)の視点で作成したことは、非常に興味深い。企業も投資家もこれまで評価機関、データプロバイダーが提供する評価やデータに不満を持ち、IOSCOや他のレギュレーターもプロバイダーの透明性などに注目してきた。しかしより良いESGデータ、妥当なESG評価のためには、プロバイダーだけでは解決せず、結局は企業開示が良くならなければならない。その“良い”とは、より適切にデータとして評価できるような開示であることだが、企業自らがそれを議論すれば、自社の開示からデータが適切に収集できるかどうかを考えることもできるだろう。そのように見た時、このFRCの取り組みは非常に有益なアプローチといえるだろう。

より多くの関係者に、この“Improving ESG data production”をぜひ一読して欲しいし、FRC Labの研究の更なる発展も期待したい。